いつかの君に優しい世界で | ナノ
嘔吐く傍観者


終業式のときと何ら変わらない熱気が体育館を包んで飽和していた。開け放たれた窓から吹き込む風は生ぬるく、生徒の大半がだるそうに突っ立って校長の長話を聞き流している。制服に汗が滲んでしまわないか不安になったところでようやく話が終わった。
教室に戻ると今度は担任の長話が始まる。それを聞き流してぼんやりと窓の向こうを眺めた。いつもと変わり映えのしない中庭が、太陽に照らされて少し眩しい。少しだけ目を細める。
担任のだるそうな声を聞きながら、このあとのスケジュールを頭に広げる。たぶんこのあとは今日が期限の提出物を出して、それから委員会で集まるはずだ。今学期の大まかな行事を把握して、どんなふうに動いていくのかを話し合うのだろう。そのあとは下校だったか。帰る前に図書室にでも寄って借りていた本を返却しよう。そのまま夕方までそこで時間を潰せば大丈夫だろう。

そこまで考えたところで、担任の話が終わったようだった。提出物を出すように、の声で教室があっという間にざわめきに包まれる。この騒がしさは久しぶりだ。昨日までずっと静かな空間にいたので、この騒然とした空気にまだうまく馴染めない。
今日中が期限の課題やプリントを提出すればすぐに各委員会の集まりがある。出すべきものを出した私は、この明るい喧騒から逃れるように教室を出た。そのとき感じた一部の女子の痛いほどの視線は、無視した。

保健委員の会議が行われる保健室へと続く廊下を俯き加減に早足で歩いていく。早く教室を出たせいか、まだ廊下は生徒が少ない。あと少しで保健室に着くというところでふと足が止まった。
この調子でいけば、保健室にはきっと私が一番乗りだろう。そのとき周りはどう思うだろうか。あれだけ嫌がっていたというのに一番先に先生のところに行くなんて、と思うに違いない。早く教室から出たかっただけの私にそんなつもりはなくとも、周囲の反応はそうではない。きっとまた何か言われる。そんな面倒事はごめんだった。
しばらく逡巡してから、私は踵を返した。少しのあいだ時間を潰そう。トイレにでも行っていれば、私が着くころにはみんながそろい始めるだろう。

***

私の目論見は果たして上手くいった。私という存在そのものに嫌悪を示す生徒以外は特に過剰な反応をすることもなく、順調に会議は進められた。
空調の利いた保健室では、高杉先生が淡々と話を進めていく。今学期は体育祭や文化祭などの行事が多くあるため、本番だけでなく練習や準備中の怪我も多くなるので生徒たちに注意を促すように、とのことだった。怪我の心配もそうだが、先生のことだ。単に手当てをする患者と、それを理由に付き添いの生徒が増えるのが面倒なのだろうなと思った。
会議が終われば、自由にもう下校できる。わらわらと保健室を出ようとする生徒に混じって私もペンや自分のクラスのファイルをまとめる。そのとき、先生が声を上げた。

「職員室まで持っていく資料がいくつかあるんだが、誰か手伝ってくれる奴はいるか」

途端に立候補する女子生徒が先生の周りに集まる。声をかけなければ良かった、とでも言いたげな先生と目が合った。思わず身体が緊張する。

「――そこのお前。手を貸せ」
「えっ!?は、はい……」

合わされた視線はすぐに逸らされ、先生は近くにいた男子生徒を指名した。指名された彼は突然のことに驚き、それでも逆らうことなく先生に従う。

「下校時間だからお前らはさっさと帰れよ」
「えー、私まだ先生と話したいのにぃ」
「用がないヤツはここに居るんじゃねェ、鬱陶しい」
「先生ってばひどーい」
「うるせェ。俺が戻ってきたときにまだ残ってたヤツは問答無用で叩きだすからな」

女子の不満そうな声を適当にあしらうと、先生は資料を抱えた男子と共に保健室を出ていった。
相変わらずひどい言葉を吐くものだ。けれど女子たちはそのやりとりをけっこう楽しんでいるらしく、先生に続いて笑顔で部屋から出ていく。そのまま職員室まで付いていくのだろうか。先生は相変わらず無愛想でなおざりな態度だ。

その様子を見送りながら、何故か胸のあたりがざわついた。
あのとき、目が合ったから、きっと先生は私を呼ぶんだと無意識のうちに思っていた。夏休みの間はいつも私がそうだったから、多少勝手の分かる私を選ぶだろうと思ったのだ。だから違う人を選んだとき、胃がすとんと重くなった後、急に恥ずかしくなった。
無意識とはいえ、何故私を選ぶなどと思っていたのだろう。夏休みは雑用が私しかいなかったからだというのに、今回もそうだと勝手に勘違いして、結果このざまだ。自意識過剰にもほどがある。羞恥で死んでしまいたくなった。顔が熱い。きっと今の私は真っ赤に違いない。
いたたまれなくなって、逃げるように誰もいない保健室から出ていった。小走りで教室へ向かいながら、数分前の自分を叱咤したくなる。
あのときの自分は、いったい何を期待していたのだろうか。考えるだけで自己嫌悪に陥りそうだった。



15.03.14

back


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -