いつかの君に優しい世界で | ナノ
劣情に支配されていく


私の声を聞いた先生は少し緊迫しているような気がした。泣きじゃくってうまく話せない私をうまく落ち着かせると、今いる場所を訊き、なるべく暗いところにいろ、とだけ言って電話が切られる。

通話が終わった携帯を握りしめる。電話を切ると、不思議と嗚咽が止まった。あんなにぐちゃぐちゃだった頭も平静を取り戻しつつある。先生の声を聞いただけで、先生に助けてもらえるのだと分かっただけで、こんなにも落ち着くことができるなんて。不思議でたまらない。
逃げる場所があるのだと分かって、そこからくる安心感というものなのだろうか。それにしては少し違和感がある。その違和感さえ分かればすっきりするのだろうが、うまく見つけられなかった。

涙もなんとか止まり、走って火照った身体が冷え始めるころ、公園の入り口から車のライトが差し込んだ。夜間の見回りをする警察かと一瞬警戒したところで着信が入る。私がさっき打ち込んだ番号、先生からだ。ということは、あの車は先生か。
電話に出ると、開口一番に居場所を訊かれる。

『どこだ』
「入り口から奥まったところの、象の滑り台の下……」
『出てこれるか?』

携帯を耳にあてたまま、ゆっくりと顔を出す。先生は車から出ていて、私の姿を確認すると安堵したように肩を上下させた。電話口からも息を吐き出す声が聞こえる。

『……大丈夫か』
「……たぶん」

先生は電話を切ってこちらに向かって歩いてくる。ずいぶん大股で、私に近づいくまでにそんなに時間はかからなかった。
地面に座り込んだまま動けずにいる私を見下ろすと、少し、いつもよりほんの少し優しい声音でこぼした。

「……あんま心配かけんじゃねえ」
「……ごめんなさい」

俯いて呟くように謝る。頭上でため息をつく声が聞こえて、次の瞬間視界が反転した。状況を理解したころにはもう既に先生が私を抱えて車に向かっている途中だった。
あまりに突然すぎて反応することもできず、ただぽかんとするしかできなかった。車に着くとそのまま後部座席に押し込められ、先生は無言で車を発進させた。

ぼんやりしたまましばらく揺られ、ようやく止まったかと思えば見知らぬマンションが目の前にあった。再びぽかんとマンションを見上げると先生が眉を顰めて私を見る。

「なんつー顔してんだ」
「え……だってここ……」
「俺の家に決まってんだろ」

さも当たり前のように言われ、驚いて開いた口が塞がらない。
先生は上着を私にかけると再び私を担ぎ、マンションに入っていく。自分で歩けるからと主張したのだが先生は私を下ろすことを頑なに拒んだ。あの長距離を全力疾走して基礎体力以上のことをしたのだから身体が平気であるはずがない、というのが先生の見解だった。そう言われれば返す言葉もない。大人しく口を閉じるしかなかった。

「……先生は教員住宅には住まないんですか?」

確か高校の裏に教員用の住宅があったはず。たいていの先生がそこに居住しているのだが、と思い尋ねると、先生はふんと鼻で笑った。

「ああいうのは好かねえ」
「……そうですか」
「干渉されるのが嫌いでよ、家賃が多少高くてもひとりでいる方が楽だろ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」

そうこうしているうちに先生の部屋へついたらしい。私を抱えたまま片手で器用に鍵を開け玄関へ入る。そこではっとして下ろしてくれ、と頼むと、先生は顔を渋くしながらもようやく私を下ろしてくれた。
地面に足がついた途端へたりと腰が落ちる。足に力が入らないのだ。呆れた先生に手を貸してもらってなんとか立ち上がると、「足を洗え」とお風呂場に連れて行かれた。そういえば自分が裸足だったことを思い出し、慌てて先生について行く。
あまり気が回らない。まだ混乱が抜けていないのだろうか。足を洗いながら乱れた髪を掻いた。

脱衣場に用意されていたタオルで足を拭き、廊下に出ようとした途端にドアが開いて先生が顔を出す。あまりのタイミングにびっくりして固まっている私に先生は訝しげに視線をやって、それから何かを差し出してきた。タオルだろうかと思い受け取ると、先生は何も言わずにドアを閉める。首を傾げつつそれを広げてみると、大きめの洋服だった。
はっとして自分の身体を見下ろす。あのとき暴れたせいで着ていた服は無残に破れ、肌が露出していた。ということは、私はずっとこの格好のまま先生といたのか。こんな、下着が見えてしまうような格好で。
そう考えるとカッと頬に朱が上る。恥ずかしさと情けなさでその場にうずくまった。



14.07.29

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