いつかの君に優しい世界で | ナノ
同情まみれの曝れ頭


突然現れた坂田さんはさんざん高杉先生といがみ合ったあと、満足したのかあっさりと帰っていった。嵐のように過ぎ去る彼にぽかんとする私と呆れる先生。彼の去った保健室は少し散れていた。きっと喧嘩した際にどちらかがやったものだろう。おそらく大半は先生によるものだ。
床に散らばった用紙を集めていると私の履歴書も混じっていた。インクがついた失敗作だ。これはもう使えないから、捨てないと。職員室のシュレッダーは使用できただろうか。

「先生、職員室にあるシュレッダーって生徒も使えましたか?」
「あ?……どうだろうな。使いたい理由による」
「これ……」

先生に履歴書を見せると納得したように頷いた。少しの間履歴書を眺めて、また私に返す。

「許可は下りるだろうが、たぶん家でやれって言われんぞ」
「いや、家はちょっと……」
「見られたくねえか」

こくりと頷いて履歴書を受け取る。

「母には、就職することは伝えてないから」
「……親の必要書類はどうした」
「進学するためのものだって、言いました。内容も深く読まずにあっさり書いてくれました」

はあ、とため息をついた先生が片手で頭を抱えた。呆れた相手はきっと、私と母の両方だ。
私だって嘘ついてまでこんなことはしたくなかった。けれど、母が就職を、私が遠くに行くことを嫌がるのだ。近場の大学に行くからとでも言わなければ母は書類を受け取らなかっただろうし、私だって母から離れることはできない。自分の身を守るためには嘘だってつかなければいけない。そんな家庭なのだ。

「水野」

職員室に行こうとする私を呼び止めた先生は、マグカップに口をつけながら視線の先を自分のデスクの隣へやった。……来い、ということだろうか。
首を傾げつつそれに従うと、そこには見慣れない、少し小さな機械があった。

「……これは?」
「わざわざあそこまで行く必要ねェだろ。それ使え」
「え、じゃあこれ、シュレッダーですか。本当に使っていいんですか」
「いいもクソもあるか。俺の気が変わらねェうちにさっさとやれ」

彼のことだ、気が変われば手のひらを返したように本当に使わせてくれなくなるに違いない。そう直感した私は慌てて履歴書を投下口に差し込んだ。

「……お前の母親は」
「ん?」

先生が呟くように言ったのは、ちょうど処理し終えた履歴書の紙屑をダストボックスから眺めているときだった。それを見た先生が眉を顰めて「遊ぶな」とファイルで私の頭を軽く叩く。確かに、紙屑になったからといってダストボックスの中を覗くのは失礼だった。ゴミになったとはいえ、見られてはいけない書類があったかもしれない。
素直に謝ると、憮然たる面持ちで先生は先ほどの話を続ける。

「詳しいことは分からねえが、お前の母親はお前にかなり執着してねえか?」
「え……あ、ああ、そうですね。そんな感じです」

ダストボックスをしまい、手を軽く払う。平生の母親を思い浮かべて頷いた。
母はお前なんかいなければ、と責め立てるわりには私が離れることを必要以上に嫌う。かと思えば私なんてお構いなしに遊び呆ける。私が手元にいると分かりきって安心しているからだろうか。何をやっても自分からは離れないだろう、という自信からそうさせているのかもしれなかった。

「あまり母のこと……というか、私のことを話した記憶はないと思うんですけど……よく分かりますね」
「似たやつを知ってる」

それだけ言ってコーヒーを啜る。だから先生は私に干渉しないのかもしれない。おおよそのことは見当がつくということだろうか。

「地元から離れて就職するってバレたらどうなるだろうな」
「さあ……想像したくもありません」

発狂する母を容易に想像できて、思わず身震いをした。

「書類はきちんと隠してるから、そう簡単には見つからないと思いますけど……」
「気を抜かねえようにしねェと、知れたら事だぞ。ああいう手合いは何しでかすか分からねェ」

小さく頷いた。この状態なら試験や合格発表だけでなく、卒業まで隠しておかなければならなさそうだ。
それを考えるだけで深いため息がこぼれる。ため息つきたいのはこっちだ、と先生が漏らした。その意味はよく分からなかったが、とりあえず「すみません」と謝っておいた。



14.05.14

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