いつかの君に優しい世界で | ナノ
巻き戻しの回り道


夏休みも終盤に入った。相変わらず私は保健室にいて、先生にこき使われている。家ではあれ以来特に目立ったことはなく、先生にもらった番号は未だ使用する機会はなかった。
保健室は常に静かで、怪我をしてやってくる生徒がたまに訪れる以外はいつも閑散としていた。もちろん今日もそれは変わらない。

定位置になった机の一角で希望する企業宛ての履歴書を書いていると、先生がおもむろに立ち上がった。喫煙所にでも行くのだろう。その予想通り、先生は「煙草」とだけ言って保健室から出て行った。

最近は私がいるからといってふらりとここから離れることが多い。だから仕事をしていないのかと言われればそうでもないらしい。この間それについて尋ねてみたが、養護教諭というのは案外提出する書類が多いのだそうだ。終わらなかった分は家に持ち帰ってやることもあるらしく、定時きっかりに帰るのは稀らしい。
あまりそんなふうには見えないが、大変そうな仕事のようだ。それを面に出さないのだから、すごいと思う。

履歴書を書いていた手を止め、息を吐いた。一気に体から力が抜けて握っていたペンが机に転がる。その拍子に紙にインクがついた。書き直しだ。思わずため息がこぼれる。

「なにため息ついてんの?」
「っ、わああ!」

耳元で声がして椅子から飛び上がった。声からして先生ではなかったのだからまず来客の方だろう。けどいきなり後ろから声をかけるのはあんまりだ。そう思いながら、バクバクとうるさい胸を押さえて振り返る。
まずはじめに目に入ったのが、ふわふわと自由に揺れる銀の髪の毛だった。それから次に、やる気のなさそうな、眠そうな顔。この人に見覚えがあった。

「あ──」
「ん?なに?まさか俺がイケメンすぎて惚れた?」
「図書館の……」
「あ、スルーすんだ。銀さん悲しいわ」

そう言ってわざとらしく振る舞うこの男は、あのとき隣町の図書館でぶつかったその人だ。綺麗な髪の毛だったからよく覚えている。向こうは私を覚えていなかったようで、しきりに首をひねっていた。

「図書館?ちょっと待てよ……」
「いえ……あの、別に無理に思い出さなくても」
「……図書館って、──もしかして隣町の方か?前にぶつかってきた子?」

何度も頷くと、彼は「ああ!」と両手を打った。向こうも思い出してくれたみたいだ。

「あんまり表情を崩さない子だったから印象には残ってたわ。今の今まで忘れてたけど」

ごめんなー、と謝ってへらりと笑う彼は、あまり本気で悪いとは思ってなさそうだ。私も特に気分を害したわけでもないので適当に流す。彼が動く度にあのときの煙草の残り香が鼻をかすめた。

「何かご用事が?ここの先生なら今ちょっと席を外してますけど……」
「マジでか。せっかく冷やかしにきたのに」

彼が残念そうにふわふわの髪の毛を掻く。先生と知り合いだろうか。それを訊こうと口を開いたその瞬間、背後から新しい声が聞こえた。
そちらを見た彼の顔が途端に渋くなる。視線の先には先生がいて、不機嫌そうな面持ちで入り口に立っていた。

「何しに来やがった」
「ちょっとからかおうと思ってよ。……ところで高杉よォ、お前いつの間にロリコンに走るようになったわけ?生徒に手を出すのは犯罪だぜ」
「うるせェペド野郎。手なんか出すか」
「おいペドって。ペドって。ロリより最悪じゃねーか」
「あの……お二人とも、お知り合いで?」

先生が険悪な雰囲気になりそうだったのでそう尋ねると、銀髪の男性の方がまたあのへらりとした笑みを見せる。

「そ。俺は坂田銀時っていうの。そこのロリコン高杉くんの昔からの知り合い」
「だからロリコンじゃねえっつってんだろ」

先生が噛みつくと彼――坂田さんは私に肩を竦ませてみせた。仲はあまり良いようには見えないが、今も交流が続いているみたいだからそこまで気にすることでもないのだろうか。私にはさっぱり分からない。
私がぼんやりしている間に二人の言い合いはさらに白熱していく。坂田さんが先生をからかって喧嘩になるかと思えば、先生が坂田さんを煽ってただの貶し合いになる。
こんなに喋る先生を初めて見たのだが、それ以上に、まるで子供のような先生に驚きを隠せなかった。



14.04.20

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