いつかの君に優しい世界で | ナノ
馬と鹿と烏合の衆


がやがやと騒がしい体育館内は、校長の一言ですぐに静まった。
全校朝礼なるこの行事には毎週辟易させられる。はあ、と重くため息を吐いたところで、校長が「さて」と切り出した。
眠くて話さえ聞かないでいた私の耳が再び雑音を拾う。何事かと辺りをきょろきょろと見渡すと、生徒の囁き合う声が聞こえた。

「ねえ、あの人ちょっとかっこよくない?」
「でもなんか怖いよ」
「大人の色気ってやつかな」
「本当に先生?」
「目つき悪いから、なんだか睨まれてるみたい」

話を聞いていると、どうやら新しい先生が入ったらしい。ぼんやりと壇上を見ると、黒のスーツを纏った男の人が立っていた。
校長が生徒に再び静かにするよう促すと、今度は先生の挨拶が始まる。

「昨年度まで養護教諭をしていた山本先生が産休に入ったため、代理としてこちらにやってきました、養護教諭の高杉です」

それだけ言って黙る先生。他に何かないかと尋ねる校長の言葉にも、彼は沈黙を貫き通していた。無愛想な先生に校長もかなり焦っている。確かに、たくさんの生徒を受け入れなければならない養護教諭としては少し愛想が足りない気がする。これでは利用者も減ってしまうだろう。
そんなことまで考えて、まあ自分は保健室なんて利用しないけどね、とひとりごちた。

「えー、それでは、本日の朝礼はこれまでとします」

やや焦りながらもそう言って朝礼を締めくくった校長は、短時間でひどく疲れているようだった。予定の時間よりもだいぶ早まって終わった朝礼に周りは浮かれている。
一気にがやがやと騒がしくなる体育館をあとにしながら耳に入るのは、やはりあの先生のことだった。

「なんかちょっと怖いね」
「普通、挨拶ってもっと何か言うと思うんだけど……」
「無口でクールそうじゃない?」
「あの校長を無視するって、ある意味すごい」
「かなりイケメンだよねー」
「あ、でもさ」

思い出したような声音で言ったある生徒の言葉が、何故だか妙にはっきりと耳に入ってきた。

「あの先生、眼帯してたよね。どうしたんだろう」

ふと視線を感じて振り向く。遠くからこちらを見ていた先生と目が合った。途端に周りから雑音が消えていく。静かになった空間のなか、私は先生の引き込まれるような瞳に目を逸らすことができずにいた。何かを探るような目つきでじっと私を捉えている。
やがて先生がふっと視線を逸らし、ようやく周りの音が戻ってきた。はっとして辺りを見渡して、また先生を探す。やっと見つけた先生は、他の教員たちと体育館の裏口から出ていくところだった。その間も先生に笑顔はない。

──不思議な人だ。
ぼんやりとそんなことを思いながら私も体育館をあとにする。
健康優良児である私にとって、保健室なんてめったに行くことのない場所だ。きっと卒業するまで利用することなんてないだろうなと考えながら、自分の教室へと向かった。


それが、私と高杉先生の出会いだった。



13.09.12

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