いつかの君に優しい世界で | ナノ
爪先立ちの逃亡


館内はむしむしとしていて、首筋にはうっすら汗が浮かんでいる。校長の恒例である長話に、周りの生徒はうんざりしていた。
この終業式を終えれば、明日から本格的に夏休みに入る。周りもそれを分かっているから少し浮かれていた。ちらりと辺りを見渡すと、数人の教員も虚空を見つめて校長の話と暑さに耐えていた。

全てから解放されようやく熱の籠もった体育館から出ると、涼しい風が首もとを攫った。他の生徒も嬉しそうな声をあげて我先にと体育館から出ようとしている。
じっとりと汗ばんだ首筋を拭って空を見上げる。絵の具を塗りつぶしたような真っ青な空に太陽が眩しい。これ以上ない好天気だったが、私の心の中は今日の天気とは裏腹にどんよりと暗雲が立ちこめていた。みんなが楽しみにしていた夏休みも、私からすれば長い苦痛の始まりでしかない。
通りすがりの生徒がはしゃぎすぎて互いの肩がぶつかった。腫れ物を扱うような目つきで謝って、そそくさと逃げていく。それを横目に人ごみをうまくよけて教室へ戻った。

手渡された成績は至って普通、特に補習を受ける必要もなかった。担任の話も終わり下校になる。その足で図書室へと向かったのだが、入り口には入室禁止と書かれた貼り紙があった。クーラーが故障して夏休み入りから修理をするためだという。
どうしたものか。ここの地域の図書館も内装工事で使えない。わざわざ隣町まで行くのも億劫だ。かといって家にいるなんて絶対に無理だ。

むう、と考え込んで腕を組む。当たり前だが、保健室という選択肢は最初から入っていない。あの先生が嫌がるだろうし、そもそも私が毛嫌いしているのだ。委員会についてあんなに嫌がっていたくせに都合の良いときは利用する卑怯者、なんて噂されたくない。

「とりあえず、頑張って隣町に通うしかないな、今は……」

工事中は隣町の図書館に通って、工事が終わり次第こっちに戻ってくればいい。うん、そうしよう。ひとり納得して頷く。
目下のところ問題なのは、学校が午前で終わってしまったためにどうやって時間を潰すか、だ。

ちらりと腕時計を見る。14時ちょっと前。微妙な時間だ。あいにく済ませるべき用事はないし、ここに長居する理由もない。さっさと家に帰るべきなのだろうが、母親が居るかどうか。居たら何かと厄介だ。
長いこと考えに耽り、最終的に家に帰ることにした。母親がいると分かれば家の中に入らず、そのままどこかで時間を潰そう。

そうと決まればさっさと教室に戻って荷物をまとめる。休みの間に遊びに行く予定を立てている話で持ちきりのクラスメートらの横を通って廊下に出た。彼らが眩しいと思ってしまったのは、夏の暑さにやられたせいだ。きっとそうに違いない。

楽しそうに笑いあうあの人たちから逃げるようにその場を離れる。生徒玄関前でちょうど高杉先生とすれ違ったが、どちらも挨拶を交わすことなく通りすぎた。お互いがお互いに無関心なのだから当たり前だ。だけど、あの教室での話し声を聞いてしまったせいだろうか。少しだけ私も何か反応をすれば良かったのではと思ってしまう。自分と彼らには、悲しいくらい越えられない何かの差があるというのに。
嫌な考えを頭を振って払い捨てる。あの人たちの楽しそうな話し声が耳にこびりついて離れなかった。



13.12.31

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