いつかの君に優しい世界で | ナノ
思慮しない厭世家


放課後、さっさと荷物をまとめ教室を出ようというところで担任に呼び止められた。何かしただろうかと首をひねりつつ立ち止まると、担任が申し訳なさそうに笑った。嫌な予感がして、昼間の高杉先生のことが頭に浮かぶ。

「水野、すまんけど委員会のことで話が──」
「嫌です」

担任の言葉を遮るようにきっぱり断ると、彼は驚いたように目を見開いた。やっぱりその話だったのか。

「ちょうど昼休みに、高杉先生とその話をしたところだったんです。もちろん断りました」
「いや、そう言わずに、やってくれると嬉しいんだが」
「周りの女子がうるさいだとかで委員会を簡単に移動させるなんて自分勝手でしょう」
「しかしなあ……それで先生の仕事に支障が出てたんだからなあ」

担任が言葉を濁す。視界の端で、保健委員の女子とその取り巻きがこちらを睨んでいた。ため息が出てしまうのは当然だ。
恐らく高杉先生はもう他の教員にも話を通している。担任にも学年主任にも。だからたぶん、あとは私が頷くだけだろう。いったいどれだけ根回しが早いのか。どれだけ口がうまいのか。こういうところはすごいと思う。

頑として頷かない私に、担任が困ったように眉を下げる。もともと気の強い人間ではないのだろうが、そうすると余計に弱々しく見えた。それが私の良心を少しだけくすぐる。

「もう、図書委員の先生にも話はしてて、許可はもらってるんだよ」
「え、なっ……はあ!?」

思わず声を上げると、担任はびくりと肩を震わせた。

「どういうことですか!」
「いやあ、水野もあっさり承諾してくれると思うだろうからって、高杉先生が」

あの男……!
ぎり、と唇を噛む。担任が申し訳なさそうに私の顔を窺って、頼むよ、と手を合わせた。

「高杉先生もだいぶ参ってるみたいで、ちょっと急ぎすぎただけだろうから、な?ここは穏便にやろう」

あんな余裕そうにしているのに、参っているはずもない。今すぐもう一度確認しに行ってみろ。
そんな言葉をやっとのことで飲み込んだ。担任は未だに手を合わせている。

「高杉先生がわざわざ水野にしてくれって言ってるんだから、その頼みを無視できないだろ?」
「……」

呆れてため息しか出てこない。額を押さえて瞼を閉じる間も、担任の視線を感じてさらに頭が痛い。
絶対に私は保健委員になんてなりたくない。仕事も忙しいだろうし他の子だって騒がしい子ばかりだろう。何よりあの先生がいる。これ以上あの人と関わりたくないというときにこういう話を持ち出され、頭が痛くないわけがない。

残念ですけど、と口を開いたところで、担任が頭を下げた。これに驚いたのはもちろん私だ。周りの生徒もぎょっとしている。

「頼む!人助けだと思って!」
「ちょっと、そんな腰の低い恐喝やめて下さい!」
「もう移動の準備は万端に整ってるんだ。ここで断られると俺は──」

急いでやめさせようとするが担任はいっかな頭を上げようとしない。すると周りがざわざわとざわめき始めた。
──先生が頭下げてるのに。担任相手に普通ここまでしないよね。ちょっと我が侭じゃない?高杉先生に気に入られたからって。調子乗ってるわ。

周りからの非難にひどく苛々する。それと同時に、焦った。
このまま事態が難航すれば確実に私は『我が侭を貫き通して担任を困らせたやつ』だと言われ、数日間は標的にされるだろう。けれど委員会を承諾すればしたで何か言われるに違いない。

「──ああもう分かりましたよ、やればいいんでしょう。やります。これで満足ですか」

周りや担任に苛立って、とうとう言ってしまった。担任が嬉しそうに顔を綻ばせ、私の手を握る。
担任は上機嫌であれこれと早口に話をしていくと、スキップを踏みそうな勢いで教室を出て言った。周りからはやはり承諾したことについてぶつぶつと文句が聞こえたが、もう知らない。自分たちの非難でこうなったのだ。
私はそう頭の中で吐き捨てると、やや乱暴な足取りで教室を出た。もうどうにでもなれ。



13.12.12

back


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -