いつかの君に優しい世界で | ナノ
逆さま包囲網


「……どういうことですか」

腕を組んで先生を睨む。先生は気だるそうに椅子にもたれて、保健室の入り口に立つ私を眺めていた。
時間は昼時、外は騒がしい。

「いきなり来たかと思えばなに言ってんだお前。体に異常がないなら帰れ」
「私も帰りたいのは山々ですが、先生にお話を聞くまでは帰れないんです、残念なことに」
「くだらねえ話なら放り出すぜ」
「先生にも関係のある話なので退屈することはないと思いますよ」

そう言うと、先生が面倒くさそうにため息をついて先を促した。正直、ため息をつきたいのは私の方である。

「先日の各種委員会の集まりで、私のクラスの保健委員を追い出したようですね」
「あいつがあまりにしつこかったからだよ。気持ち悪ィ」
「委員を辞めさせようとしたとか」
「あんなやつに付きまとわれちゃ仕事もろくに進まねえからそう言っただけだ」
「挙げ句の果てには代行を私にしろと指名したとも聞きましたが」
「確かに言ったな」
「どういうことですか」
「そのまんまだろ」

先生はそれだけ言ってコーヒーを飲む。このやりとりだけで頭が痛む気がするのだが、たぶん気のせいではないだろう。
こめかみに手を当てながら、今度こそため息をつく。先生が私を指名した意図が全く見えなかった。視線を下げている先生に、今度は分かりやすく質問をしてみる。

「どうしてわざわざ私の名前を出したのか分かりません。他の人じゃ駄目だったんですか?」
「他の女子も総じてあんな感じだから嫌なんだよ」

それに、と言って一度言葉を区切ると、先生が顔を上げて私を見つめた。目が合った途端、無意識に体が強張る。先生の唇が緩く弧を描いた。

「お前に興味もあったしな」
「は……なに、言ってるんですか」

嫌な予感がする。否、嫌な予感しかしない。後退りたいのをぐっとこらえて続きを待つ。先生はくつくつと笑うと軽く腕を組んだ。

「他の女子と違って媚びねえし、むしろ関わりたくないような顔しやがるし、そんなやつをむざむざ放っとくわけねえだろ」
「そんな、ことで……?」
「まあそれだけじゃねえけど──理由を全部聞かれるのも癪なんでな」

そう言って先生がちらりと背後の窓に視線をやる。私もつられてそちらを見ると、一人の男子生徒と目が合った。あっ、と私が声を上げる前にどたばたとそこから逃げ出すような足音がして、その男子も行ってしまった。ぽかんとしたまま突っ立ってると、先生の呆れた声が耳に入る。

「盗み聞きなんざ趣味悪ィ。どうせお前のクラスのやつだろ」
「そうですけど……」
「しかもあの足音の数だと一人じゃねえだろうな」

なんだか一気に脱力した。その場にしゃがみ込んで頭を抱えたいが、きっと先生のことだから放り出されるに決まっている。とりあえず、今のところは盛大にため息をつくだけにしておこう。先生はさして気にするふうでもなくのんびりとしている。

ああ、これでまたクラス中がこの話題で持ちきりになる。あの好奇心で満ちた目で見られるのはもう勘弁して欲しい。
そうこぼすと、先生は「んなもん放っとけ」と他人事のようにのたまった。無責任な男だ。

「言っておきますが、委員の交代なんてしませんから。だいたいそんなこと認められませんし」
「ちゃんと教員側には俺が説明するから大丈夫だろ」
「何が大丈夫なのか分かりません。その前に、あの子に暴言を吐いたことを誠心誠意謝らないと、委員の交代よりも先に養護教諭を交代しないといけなくなりますよ」
「うまいこと言うじゃねェか」
「今そんな話をしてるんじゃないんですけど」

そこまで話したところで、昼休みが終わりを告げるベルが鳴った。時間切れだ。
先生はだるそうにしっしっと犬を追い払うような仕草をすると、私を帰らせようとしている。どんだけ邪魔だと思われてるんだ私は。

「早く出てけ」
「保健委員なんて面倒なことやりませんからね」

それだけ言うと私は踵を返した。後ろから「どうだかな」なんて言って笑う声が聞こえる。
これ以上私の拠り所を失ってたまるものか。先生がどんな根回しをしようとも、絶対に保健委員になんてならない。そう心に決めて、私は廊下を進んだ。



13.11.23

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