いつかの君に優しい世界で | ナノ
私を狂わせる悪夢


それは、夏休みも目前に迫ったある日のことだった。

学期末テストも終わり、あとは成績結果と夏休みを待つだけになった放課後。その日は各種委員会の集まりがあり、図書委員だった私は図書室にて話し合いをしていた。
話し合いといっても軽い反省会のようなものだ。何かと忙しい生徒会や保健委員の人たちのように常に話題があるわけでもない。話し合われることと言えば、昼休みの図書室での貸し出し当番のことや返却期間を過ぎている生徒などへの対処くらいだ。貸し出し当番は、カウンターに座って、貸し出しや返却の確認をするだけでいい。教室の騒がしい雰囲気が苦手な私にとっては天職のような仕事だった。

特に議題もない図書委員会は、それぞれの反省を述べてあっさりと終了した。ついでに本を借りて教室に戻る。外を見ると、夏になり日が伸びたためまだ明るかった。梅雨明けの独特な湿っぽさと初夏の暑さが混ざり合って、じめじめとした暑さに汗がにじみ出る。
ふう、とひと息ついて帰る準備を始めたところで、クラスメートの女子がどたばたと教室に入ってきた。委員会が終わり教室に残っていた生徒が、どうしたのだろうかと彼女に視線を向ける。驚くことに、彼女は泣いていた。

「うわあああん!」
「ちょっと、どうしたの?」
「ううっ……先生、もう無理、我慢できないいい」
「え?どういうこと?話がよく見えないんだけど」
「委員会で何かあった?」

肩をさすっていた女子がそう尋ねた途端、彼女の嗚咽がさらにひどくなる。あちゃー、と近くにいた男子が頭を掻きながら慰めるように呟く。

「お前、必死になって高杉先生に気に入られようとしてたもんなあ」

そういえば彼女は確か保健委員だったか。学年が上がってすぐの委員会決めで、やたら保健委員にこだわっていた気がする。まあ先生が先生だったし、他の生徒よりも先生と接する機会が多かったからそれを狙っていたのだろう。女子の争奪戦のうえ、ようやく手に入れた役員だったはずだ。
それなのにもう無理とはどういうことだろうか。少し気になったので聞き耳を立てていると、彼女は嗚咽混じりに話し始めた。

「今日も委員会終わりに先生に話しかけたんだけど、やっぱりいつもみたいに冷たくて……それでも、話しかけてたらっ、先生が怒って、うわあああん」

要するに、しつこく絡んでいたら怒った先生に邪険に扱われたらしい。生徒の前で堂々と舌打ちまでするのだからすごい人だ。
しかも、あまりのしつこさにとうとう我慢の限界だった先生は「委員会を抜けろ」と言い放ったという。もちろん抗議をしたが、先生は聞く耳持たず。彼女は泣き落としで許してもらおうと思ったのだが、「さっさと出て行け」と突き放されて今に至るらしい。正直、そこまでする先生がすごいと思う。

「担任とか、いっそのこと校長にでも言った方がいいんじゃない?それは流石にひどいよ」
「だよなあ。それくらいは言ってもいいだろ」
「うう……しっ、しかも、後任はお前みたいにしつこくないやつにしろって」
「うわ、何それ。明らかに言いすぎっしょ」
「ブジョク罪とかで訴えれば勝てる気がするわ。しかも相手はれっきとした先生でこっちは生徒だし」

次々と先生に対する不満があふれ出し、周りは彼女を慰めつつ先生を非難するようになっていった。流石に先生もまずい気がする。このことが校長に知れれば、言い逃れはできないだろう。
先生は何がしたいのだろうか。半ば呆れつつ中断していた荷物まとめを始めると、不意にひとりの女子が口を開いた。

「もしこの子が委員会抜けるなら、誰がするの?」

その言葉に、周りが静まり返った。泣いている彼女を囲っている生徒全員が、気まずそうに目配せをする。きっと、できるなら自分が代わりたいけど目の前の彼女の手前、言い出しにくいのだと思う。周りから抜け駆けされたと思われるのも嫌だしされるのも嫌。そんな感じだろう。
馬鹿馬鹿しくてやってられない、とため息をついて鞄を持つ。今回ばかりは『みんなで一緒にゴール』の精神があだになったなとひとりごちると、教室を出ようと歩き出した。
すると、今まで黙ってすすり泣いていた彼女が顔を上げ、気まずそうに口を開いた。

「……あの、さ。後任の子なんだけど……先生が、指名してる子がいるんだ」

その途端みんなの目が輝きだす。ここで指名されてしまえば周りからも文句は言われない。期待に満ちた目で彼女に注目する周りの女子たち。言いにくそうに口をもごもごさせていた彼女は、やがて意を決したように唇を開いた。

「先生は、──水野さんにしろって」
「……は?」

教室を出る瞬間に耳に入ってきた驚くべき内容に、思わずそうこぼしてしまう。一斉に寄越された鋭い眼差しを受けながら、先生の悪意ある笑みが頭をよぎって再びため息が漏れた。
冗談でしょ。



13.11.09

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