「寂しいことはもちろん寂しいですけど」
瞼を下ろすと次第に目頭が熱くなる。それをなんとか我慢して、ゆっくり目を開けた。雨で花弁の落ちた桜を見上げながら続ける。
「でも、いつまでも縋ってるわけにもいかないし」 「……」 「これで、終わりにしなくちゃ」
恋も、未練も、きれいさっぱり。 桜から先生に視線を移す。先生はなんとも言い難いような難しい表情をしていた。 視界に膜が張られて、ぼやける。すぐにまばたきでごまかした。そのままにっこりと笑ってみせる。引きっていないか心配だ。
「今まで、いろいろとありがとうございました。――お元気で」
そう言った途端先生が面食らったように固まった。 軽く頭を下げてその場を離れようと歩き出す。先生の横を通りすぎたときに聞こえた言葉には、聞こえないふりをした。もし立ち止まってしまったら本当に未練が残ってしまいそうで、あの夢のことまで喋ってしまいそうで怖かった。
届かないなら想っていてもつらいだけだ。わけの分からないことを言って先生を困らせたくもなかった。 今日で終わりだ。不毛な恋も、あの夢も、寂しいのも。全部。
「――待てよ!」
苛立ちを含んだ声とともに腕を掴まれた。思わずびくりと肩を震わせ振り返ると、眉根を寄せて私を見やる先生がいた。驚く私と目が合うと、先生の、私の腕を掴む力が強くなる。思わず顔をしかめた。
「……全部、無しにするつもりか」 「はい?」 「初めて会った日のことも、今までの関係も、全部」 「全部って……」 「いい加減にしろ」
努めて冷静になろうとしていた先生の言葉の語尾が強くなる。そうとう苛立っているようだった。 吐き捨てるように先生は続ける。
「なんで言わねえんだ。なんで俺の前で我慢するんだ。そんな必要ねえだろうが」 「な、なに言って――」 「……俺が知らねェとでも思ってんのか」
思わず息を飲んだ。
「お前が夢だと思ってるあれは、夢なんかじゃねえよ」 「なん、で、それを……」 「やっぱ、ただの夢だと思ってたのか」
は、と薄ら笑いを浮かべる先生は少しうつむき、深呼吸を繰り返すと口を開いた。
「俺は餓鬼のころからあの夢を見てた。そのときから漠然と、あれはただの夢じゃなくて前の記憶だと理解してた」 「前の……記憶」 「前世ってやつか。とりあえず、夢の記憶を辿っていくうちにひとりの女を思い出した」
そこでゆっくり顔を上げ、先生が私を見据えた。
「――なまえ、お前だよ」
突然すぎる告白に、気を失いかけた。
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