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「……なまえ」

ぽかんとした晋助の顔が、みるみるうちに歪んでいく。私は俯いた。

「約束、破ってごめん。待たせてごめん」

夢だと思っていたあれは、自分自身の記憶だ。ずいぶん昔の、大切な記憶。高杉くんに出会ってなければ死ぬまで思い出さなかったであろう悲しい事実。
苦しくて泣きたくなるくらい嫌いだった咳も、きっとあのときの私が関係している。

晋助はしばらく私を見つめたあと、震える両手で私を優しく抱きしめた。香水とは違う晋助本人の匂いに、懐かしさがこみ上げる。

「なまえ、なまえ、……なまえ」

まるで私の存在を確認するように何度も名前を呼ぶ。私も何度も返事をしては頷いた。そっと彼の背中に腕を回す。昔と違って小さい背中に、無性に泣きたくなった。
彼との年が離れてるのはきっと私が早くに死んでしまったからだ。もし本当に輪廻というものがあるのなら説明もつく。
もし私が早くに輪廻に組み込まれたのだとしたら。

待ってろと言われていたのに先に死んでしまって、あれから彼はどんな人生を送ったのだろう。もし泣いていたのだとしたら本当に悲しい。

「ごめん」
「今更だろうが」
「うん」

晋助の声はやっぱりまだ震えていた。怒ってるように聞こえるけど、実際のところ安堵してるに違いない。何度も私の名前を呼んでは強く抱きしめるその行動がそれを物語っていた。

「待ってろって言っただろ」
「うん」
「俺ァちゃんと戻ってきたのに、お前は勝手にぽっくり逝っちまってるし」
「……うん」
「言いてェことだって山ほどあったのによ」
「……ごめん」

ぐず、と鼻をすする音が聞こえて、私は何も言わず彼の背中を撫で続けた。
こんなことになるなら、あのときにちゃんと言いたいことを素直に言っておけば良かった。そうすれば晋助がこんなに悲しむことなんてなかっただろうし、私が昔のことを忘れることもなかったのに。

私が記憶を失ったままこの時代に生まれ変わってぼんやり生きている間、彼はどんな人生を送っていたのだろうか。それを考えると、ひどく胸が痛んだ。

「私が死んだって分かったときさあ、泣いた?」
「……誰が泣くかよ。うるさいやつがいなくなってせいせいしたっての」

そう言って鼻で笑っても、ただ強がっているようにしか聞こえない。私も彼も、たいがい素直じゃないなあ。
はは、と笑って、晋助の肩口に顔をうずめた。

「ねえ」
「あんだよ」
「また会えて良かった」
「……ん」

まだ言いたいことはたくさんあったのだけど、とりあえず今はこのままでいいかなあ、なんて考えていたりする。
顔を合わせれば言い合ってばかりだけど、これからはもう少し素直になろうと思う。

……だけどまあ、どさくさに紛れて人の胸を触ってるのを殴ることくらい許されるよね。



END
リリィさまへ!

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