『っ、げほっ、……っ!』
息ができない。息を吸おうと思って口を開けたら、ごぼりと赤黒い液体があふれ出た。喉が引きつってヒューヒューと音が鳴る。両手だけでなく布団までもが自分が吐いた血で真っ赤になっていた。 優しい手のひらが何度も背中をさすってくれている。母は泣きそうな声で大丈夫と繰り返していた。でもなんだか私でなく自分自身に言い聞かせているような気がして、そしてそれはきっと気のせいではない。
子が親よりも先に逝くなんて親不孝者だなあなんて考えながら、遠くの彼を想った。 生きて帰るって言うんだからきっと今も生きてる。でも約束、守れそうにないなあ。私は彼との約束なんて一度も破ったことがないのに。
『、げほっ!っあ……』
苦しい。何度息を吸っても吐き出されるのは血ばかりで、もう呼吸をするのも億劫になってきた。咳込む度に焼けつくような痛みが体中を駆け巡って、それなのに体はどんどん温度を失っていく。 ひゅうっ、と喉が鳴って、口からこぼれた血が顎を伝って布団にぼたぼたと落ちる。だんだんと意識が薄れていくのが分かった。
『――しんすけ、』
薄れていく意識のなかで呟いた小さな名前は、私自身の耳に確かに届いた。
***
「――なまえ、なまえ!」
半ば叫ぶような声にはっとする。慌てて両手を見たけど、吐血したような真っ赤な血はどこにも見られなかった。
「……なまえ、」
私は唇を震わせながら私を呼ぶ声の主を見た。
私はこの男を知っている。ひとつしかないけれど分かる、まっすぐで鋭い目。陽に当たると紫がかる髪の毛、眉を寄せる仕草。全部知っている。前から知っていたのだ。 彼にじっと見つめられると罪悪感を感じるのも、私が咳をすることが苦手なのも、ずっと昔に私が彼との約束を破ったからだ。 どうして今まで思い出せなかったんだろう。どうして今まで彼を待たせてしまったんだろう。今の今まで本当に迷惑と心配ばかりかけている。
私は肩に乗った彼の手に自分の手を重ねた。泣きそうな顔でこちらを見る彼の、絶望に満ちた目。もう大丈夫。それを言うためにも、この重い唇を開かなければ。 ゆっくり息を吸う。喉は引きつらない。大丈夫、いける。
「……晋助」
彼の、高杉晋助の右目がゆっくりと見開かれた。
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