私は待ち続けていた。外の戦争が激化してもそこから動かず、ずっと待っていた。そのうちに体調を崩すようになった。
『無理するんじゃないよ。これから戦争はもっと悪化する。今からでも遅くない。遠くに逃げよう』
母が心配そうに言う。それに私は首を振った。
『……行かない。約束したもの』
彼が言ったのだ。迎えに来るから待ってろ、と。 ――ああ、確かにそう言っていた。あのときは聞こえなかったが、彼はそう言っていたのだ。顔も思い出せないあの男。
母が泣きそうな顔をして私の肩を抱く。私はうつむいて自分の両の手を見た。彼と別れを告げたときよりも細く青白い腕。きっと長い未来は望めない。 ため息をついたところで、遠くから爆音が聞こえた。
『……**』
私の呟きは自分自身にすら聞こえなかった。
人の気配がして、はっと目を覚ました。隣に目をやると、高杉くんだった。ん、とそれだけ言って私にお茶を渡される。じんわりとした温かさが手のひらを伝わって、なんだかほっとした。
「……寝てただろ」 「気がついたらね、いつの間にか」
まるで非難されているような眼差しに、よく分からない気まずさを覚えて思わず目をそらす。私が悪いわけじゃないのに。なんでこんなに申し訳ない気持ちになるんだろう。 気まずさをごまかすかのようにペットボトルのキャップを開けてお茶を一口飲む。味がしなかった。
「……また」 「え?」
呟くような声がして彼を見ると、高杉くんがこちらをじっと見つけていた。その右目のどこか諦めたかのような瞳の奥に、かすかに絶望の色が混じっている。 高杉くんは続ける。
「また、お前は俺を置いてくのかよ」 「なに、言って、」
“また”って。私は一度も彼から離れたことなんてないのに。そう言おうと口を開いたところで、誰かの声が頭にこだました。
――『待ってろ』って言っただろうが。 その声が高杉くんの声にひどく似ていて、私はつい彼を凝視してしまう。怪訝そうにする高杉くんからするに、本人が言ったわけではなさそうだった。なら一体誰が。
そこまで考えたところで喉元から何かがせり上がってくるのを感じた。まさかこれは、と顔を青ざめさせてからすぐに背筋に悪寒が走る。ぐっと我慢してもそれは確実にせり上がってきていて、私はなんとかしたくて慌てて口元を手で押さえた。 そしてぎゅっと目を瞑った途端、
「――っ、ごほっ」
泣きたいような、苦しいような感覚を覚えて、目の前が弾けた。
back/next
|