『別に、心配されなくてもちゃんと生きていけるし』 『どうだかな』
男が薄く笑う。私はどうにか彼と目を合わせないようにと視線を彷徨わせていた。 頭の中じゃ心配と不安が入り混じっているのに、口では思ってもないことをすらすらと言っていく。昔からこうだ。いつも心とは裏腹な言葉ばかりが口をついて出る。
『そっちこそあっという間にくたばるんじゃないの?』 『はっ、俺を誰だと思ってやがる。てめぇの死に顔見るまでは死なねえよ』 『それはこっちの科白です。帰ってきたときに五体満足じゃなかったら世話をするのは私になりそうで怖い』 『そんときは厄介になるか』 『なに名案だみたいな顔してんの』
はっ、と鼻で男が笑う。遠くで男を呼ぶ声がした。時間がもうない。
『……』 『……』 『……行かないの?』 『いや、行く。お前の間抜けな顔もこれで見納めかもな』 『っ、珍しく弱気だね』 『んなわけねェだろ』
また声がする。今度は少しばかり語尾を強めて、彼がくるのを促した。
『そんじゃあな』
そう言って彼が私の頭を軽く叩いた。行って欲しくないのにそれを引き止められない私は、うつむいて涙をこらえるのに必死だった。
『――』
彼が私を呼ぶ。ひどく安心する声だった。その続きはぼやけて聞き取れなかった。 そこから視界が曖昧になっていく。体が急に重くなって、気がつけばベッドに横になっていた。
「……」
ゆっくりと起き上がる。時計を見れば、まだ起きる時間ではなかった。もう一度眠ろうとしたのだが目が冴えて眠れず、小さくため息をついた。
ここ最近同じ夢を見る。けどそれはあまりにもリアルで、現実味のないものだった。 夢に毎回出てくる男の人の顔は目が覚めればいつも忘れてしまう。どんな顔だったか、特徴はなかったか。思い出そうとすると鈍く頭が痛む。
「疲れてんのかな……」
そう言えば体もだるい。うーんと軽く唸って、ぎゅっと目をつむった。 こうすればどんなに目が冴えていても、いつの間にか眠りにつく。これは夢を見るようになってからしばらくして見つけた方法だった。 まあ、眠るとまたあの夢を見るのが少し困りものだけど。
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