「っお前!どこ行ってたんだよ!」 「……すみません」
息を乱しながらなまえの腕を掴む。なまえは小さな声でそう呟いてうなだれた。
「お前が、ここを出て行ったって聞いたとき、正直かなり焦った」 「……どうして」 「知るかよ!」
そう怒鳴ってから、またなまえが怯えたのを見てぐっとこらえる。
「理由なんかよく分からねェけど、お前が隣で馬鹿みたいにふざけてるのが当たり前だったから。なのに急にどっか行きやがって……」
そこまでを一息で言って、次にうなだれるのは土方の番だった。
「頼むから、出て行くなんて言うなよ」 「……土方さん」
しばらくの沈黙のあと、穏やかな声でなまえが呼ぶ。彼女に名前を呼ばれるだけで不思議と落ち着いてしまうなんて、もう末期かもしれない。そう自嘲してなまえを見る。彼女は土方の手を自身の両手でくるみ込み、そっと笑った。
「私は、どこにも行きませんよ」 「……二言はねェな」 「もちろん」
約束です。そう言って微笑んだ。そうしてやっと自分も安心する。ほっと安堵の息を漏らしたときだった。
「――それに、出て行くつもりなんてさらさらないですからねえ」 「……は?」 「やっぱりあのとき大人しくなって正確でしたね!」 「……は?」
ぽかんとする土方をよそに、なまえはにやにやと笑って鞄を揺らす。土方はといえば、わけが分からず混乱するばかりだった。
「……え、は、……えっ?お前、出て行くつもりだったんじゃないの?」 「さらっさらないですよ!」 「だってお前、そんなに荷物持って……」 「ああ、これですか?エコバックです。土方さんのために何か作ろうと思って」 「じゃあなんであん時、」 「押して駄目なら引いてみろって言いますしねー」 「でもお前、沖田に出て行くって」 「えっ、沖田さんそんなこと言ったんですか。私はちゃんと買い物に行ってくるって言ったのに」 「……」
そこまで会話して、ようやく話が見えた。 つまり出ていくなんていうのは嘘だったと。土方に怒鳴られて大人しく身を引けば、土方が自分を心配してくれるだろうと。そういうことだったのだ。ちなみに出て行くというのは沖田の嘘。二人の嘘にまんまと自分は引っかかったわけだ。 沖田に至っては今ごろ、焦る土方を見て腹を抱えて爆笑しているに違いない。
やっとそれに気づいたいた途端に、ふつふつと怒りが芽生えてくる。そんなこと知る由もないなまえは上機嫌で続けていく。
「なあんだ、だから土方さんは焦ってたんですねー。でも安心して下さい!私はどこにも行きませんから!にしても焦る土方さんもなかなかイケメンですね!」 「…………け」 「へ?」 「やっぱお前出て行けこの女詐欺!!」 「えええええなんで!」
驚きでのけぞるなまえに次々と罵声を上げる土方だが、本心ではないことをどちらも知っている。その証拠に、彼の中で芽生え始めたその感情をしっかりと理解している。 はてさて、この二人の行く末に賭け合っていた隊員たちは、路上でなまえを抱きしめる土方を見て泣くのか笑うのか。 とりあえず、彼のあとを尾行していた沖田が二人のこの写真を町中にばらまいて土方が泣くのは確実なのである。
END くじらさまへ!
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