そうして、なまえが働き出すと同時に彼女のアプローチが始まったのである。 事あるごとに土方の部屋へ通っては叩き出される。正攻法でしおらしく菓子や料理を持って行っても突っぱねられるのだ。それでも諦めずに土方のもとに向かうなまえを見て、他の隊士たちは健気に想い続ける彼女を応援する傍ら、土方がいつなまえに落とされるかを密かに賭け合っていた。
「土方さん、最近仕事の数が多い気がするんですけど……」 「……いちいちうるせえな」
そう呟いて紫煙を吐く。
彼女の言う通り、最近はこなさなければならない書類が格段に増えた。その中には沖田のさぼりの分も含まれているのだが、それを除いてみても多い。 土方はそれを処理するために毎晩寝ずに書類を相手しているわけだが、どうやらなまえはそれが気にいらないらしい。毎日土方と顔を合わせては、少しは休めだの仕事を減らせだのと言ってくる。
けれど自分がやらなくて誰がするのだ。上司である近藤はストーキングにいそしんでいるし、沖田に至っては仕事をやろうという気すらない。 自由奔放すぎる上司と部下を前に、仕事を投げだすことなどできなかった。
「仕方ねえだろ、近藤さんも沖田もやらねえんだから。俺以外に誰がやるんだよ」 「夜更かしばかりで体に悪いですよ」
あと煙草も。 そう呟いて、唇を尖らせる。拗ねたようなその顔に、なんでお前が拗ねるんだよと指摘したくなった。
「……土方さん、やっぱり休まれた方が」 「うるせえっつってんだろ、ちったァ黙れ」
書類を睨みながらそう言い放った。少し強い口調だったかもしれないが、今はそんなことに構ってられない。
大量の書類の提出期限や溜まり続ける新しい仕事に、焦らないわけではなかった。寝不足のせいで普段なら正常に下せる判断もできない。疲れすら取れていないかった。だから土方の部屋はいつもより余計に緊張で張りつめていたし、土方自身も少なからず苛立っていた。
それを知ってか知らずか、なまえはじっとその場から動かずに座って土方に声をかける。
「せめて10分だけでも仮眠を取った方がすっきりしますよ」 「……」 「なんだったら、土方さんが寝てる間に私が進めておいてもいいですし」 「……」 「土方さん、」 「――うるせえなあ」
筆を止めずに、低い声でそう呟く。部屋の空気が一気に絶対零度まで下がったような気がする。 少しの間黙っていた土方は、ようやく筆を休ませると、寝不足で鋭い目つきをさらに鋭くしてなまえを睨んだ。
「あの、私、」 「用事なら済んだろ、さっさと帰れよ。いつまでもそこにいられると目障りなんだよ」
なまえはぐっと唇を噛んでうつむく。その瞳に薄い膜が張られたような気がして、なんだか無性に腹が立った。
「……土方さん」 「出ていけ」
それだけ言って、土方は再び執務に戻る。 土方の有無を言わせない雰囲気になまえはしばらく黙り込み、頭を下げると静かに部屋を出て行った。その様子を目の端で捉えた土方は、これで落ち着いて仕事ができるだろうと安堵の息を漏らし、煙草の箱に手を伸ばした。
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