そもそもの始まりは3ヶ月前までさかのぼる。 真選組はある比較的大きい攘夷浪士の討伐を行った。彼らの集会所となっていた宿屋を襲撃、宿の人間を人質にとられはしたものの見事に事件を解決し、真選組にとっては大きな功績となった。
それから2日後。真選組屯所に知らない女が大きな荷物を抱えてやって来た。女は自らをなまえと名乗り、深々と頭を下げてこう言ったのである。
『ここで働かせて欲しい』
話を聞けば、なまえという女は先日行った攘夷浪士討伐の際に人質となってしまったうちの1人だという。 宿屋に住み込みで働いていた彼女は討伐の後、宿をたたむに従って住むところがなくなってしまったらしい。そこで、この真選組にお世話になろうということだった。
「突然のことで申し訳ありませんが、差し支えなければぜひこちらで働かせて下さい」
そう言って三つ指をついて頭を下げるなまえに鷹揚に頷いたのが、真選組局長の近藤勲だった。
「うむ、大変だとは思うが頑張ってくれ」 「いやいやいや無理だろ」
それを止めたのが副長の土方である。
「なぜだトシ!彼女は働くところはおろか住むところがないんだぞ、暖かく迎え入れてやろうじゃないか!」 「いやそりゃあそうだが近藤さん、よく考えてみろよ。仕事がないからってなんでウチにくる必要があるんだ。普通はハローワーク行くなり求人票で探すなりあるだろ。ウチにきてまで頼み込むなんて、怪しい限りじゃねえか」 「トシ、討伐直後で注意深くなるのはいいことだ。だが初対面の人にそれは失礼だろう」 「俺はアンタの身を案じて言ってるんだ。だいたい理由もなくわざわざここにくるなんざ――」 「りっ、理由ならちゃんとあります!」
そう言ったのは今まで黙って2人の会話を聞いていたなまえだった。なまえは少し憤慨したような面持ちで握り拳を作ると、土方の方に視線を向けた。
「私、先日の襲撃で人質にとられてしまった時に、あなたに助けられたんです。助けてくれた時のたくましい腕……精悍な横顔……」 「…………え?もしかしてなまえちゃん……」
近藤がそこまで言ったところで、なまえは頬をぽっと赤らめてうつむいた。
「それ以来、ずっと忘れられなくて……」 「え……」
一瞬の静寂の後、
「はあああああ!?えっ、なに、そんな理由でここにきたの?とんだチャレンジャーだなアンタ!スゴイねほんと!!」 「そんな理由だなんて!心外です!」 「いや、だっておまっ、理由が馬鹿らしいだろ!」 「私の一世一代の告白を馬鹿らしいで片付けるなんてひどい……!」 「だからァ!」 「トシ」
よよよ、とわざとらしく泣き出すなまえを見て再び口を開こうとしたのを近藤がたしなめる。ぐっと言葉を詰まらせる土方に、近藤は続けた。
「どんな理由であれ、困ってる女の子を放ってはおけんだろう」 「どっかの女を全力で困らせてる人に言われたくねえんだけど」
だいたいなあ、とため息をつきながら土方は頭を掻く。
「ここは前いた宿屋と違って生易しい仕事内容でもねえし野郎ばっかなんだ。そこらへん、この女は分かってんのかよ」 「分かってます!」 「分かってるそうだ、トシ」 「いや、分かってるそうだって……」
そこまで言って、土方はとうとう口を閉じた。もう何を言ってもこの2人に自分の話は聞き入れてもらえないと悟ったからである。 呆れて何も喋れなくなった土方をよそに、なぜか和気あいあいとし出した近藤となまえを見て、土方は頭を抱えた。
「トシの言った通りうちはほとんど野郎しかいなくてむさ苦しいが、ぜひ頑張ってくれ!」 「もちろんです。全力で頑張っていきます!」
そうして、なまえはここで働くことになったのである。わずか3ヶ月前のことだった。
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