その日も、土方は積もりに積もった書類相手に格闘していた。そのほとんどが部下の沖田が起こした不祥事の後始末で、本来なら沖田がやらなければならないものだ。それなのに何故彼がしているのか。
簡単に言えば、沖田が逃げたからだ。 巡回やら何やらと理由をつけてさっさと屯所から出て行った彼の尻拭いである。
「くそ……」
こりゃあ今日中には終わらねえな。 そう呟いて、くわえていた煙草を灰皿でもみ消す。その時だ。
どこからかドタドタと騒がしい音が聞こえ、土方は顔をしかめた。こんなふうに屯所内を騒がしく走り回るのはあの女しかいない。
「副長!そろそろ休憩になさいませんか!」
スパーンと襖が開かれ、そこから現れたのは若い女中だった。はつらつとした笑顔で土方を見るが、当の本人は疲れたようにため息をつくだけである。
「ため息つく副長もかっこいいですね!結婚しましょう」 「誰がするか阿呆。つーか茶ァくれ」 「あっ、流された」
ちぇっ、と口を尖らせて、渋々言われた通りにお茶を入れる。毎回うざいくらいしつこく求婚してくるが、この女中の淹れるお茶はなかなか美味いものだった。
「あ、お茶請けどうぞ。美味しいですか?」 「ん、」 「今日のはわざわざ地元から取り寄せてきたお茶なんですよー。値段が張るぶん味もなかなかですね」 「ん、」 「ということで結婚しましょう」 「なんでそうなるんだよ」
呆れて懐から煙草の箱を取り出すと、途端に横から手のひらが伸びてきて、箱を叩かれてしまった。叩かれて飛んでいった煙草の箱がぽとりと床に落ち、ひりひりとする手の痛みを感じながら女を睨んだ。
「……なにすんだ」 「煙草はいけません」
きっぱりとそう言って、放られた煙草を拾い自分の懐に入れる。
「なに勝手なことして……」 「煙草は体に良くないんですよ。早死にしたいんですか」 「お前に関係あるかってんだよ」 「それに」
うっすらと膜を張った女の瞳が伏せられる。その仕草に少なからずどきりとしたのは、土方だけの秘密である。
「それに……煙草は生殖器にも異常をきたすらしいじゃないですか……」 「――は?」 「もしそんなことになれば私と十四郎さんの未来の子供はどうなるんですか?」 「待て待て待てェェェ!!」
がばっと立ち上がった土方を女はぽかんと見つめる。なぜ自分が怒鳴られているか本気で理解できていないような表情だった。
「おまっ、何言ってんの!?突然何を言い出すかと思えば……つーかさっきさり気なく俺のこと十四郎さんって呼んだ?呼んだよね?」 「当たり前です!煙草なんて害の塊は十四郎さんの体を蝕むだけですよ!あまつさえあなたの子供まで授かれなくなったら――」 「ちょっと落ちつこう!頭を冷やそうか!」 「私はじゅうぶん落ちついてますよ!」 「それが落ちついてないっつってんだろーがァアア!!」
頭を抱えた土方の絶叫が、屯所内に大きく響いた。
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