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蒸し暑い日のことだった。
仕事の依頼もなく暇をもて余した銀時は、暑さを凌ぐためだのなんだのと言いながらパチンコ店に入り浸っていた。運が良かったのか良い台に当たったのか、今日はなかなかに調子が良かった。
鼻歌混じりに店を出る。自動ドアを抜けた途端にむわっ とした熱が身体を包み、顔を顰める。入り口付近に停めていたスクーターに跨がるまでの短い間に汗が滲んだ。
エンジンをかけようとキーに手をかけたところで、不意に声が聞こえた。

「――すみません」

あまりにも小さな声だった。空耳だろうかと思い辺りを見回す。声の主はすぐに見つかった。
パチンコ店と隣の店の路地裏からひょっこりと顔を出す女がいる。目が合うと手招きするような仕草をするのでなんとなくそこへ向かうと、薄暗い路地裏には不釣り合いな、身なりの整った若い女がぽつんと立っていた。
女は少し困ったような表情で銀時を見つめる。

「急に声をかけてすみません。万事屋さんですよね」
「そうだけど、キレーなネーチャンがこんなところで何してんの?」
「実は道に迷ってしまって。もしよければ、送って下さいませんか?」

銀時は思わず顔を顰めた。タクシーやら警察やらに頼れば良いものを、わざわざ自分を使う必要があるのだろうか?
そのあからさまな表情に女は「お金なら支払います」と慌てて懐から財布を取り出す。ならばよけい銀時を頼る必要はないだろう。

「お願いします。倍の金額でも構いません」
「……」

女の困惑しきった表情に、銀時は重いため息を吐いてスクーターを指差した。

「行き先は?」

***

女はゆきと名乗った。スクーターを走らせながら聞くところによると、どうやら交際していた彼氏と昨晩あの場所で言い合いをして、その場に置き去りにされたのだという。見知らぬ場所に捨て置かれたゆきは怒りと不安で一晩路地裏で震えて過ごし、どうしようかと困り果てていたところで銀時を見つけたそうだ。

「ひでー彼氏がいたもんだな。もうちょっと男見る目鍛えた方がいいんじゃねェの」
「そうみたいです。もう男の人なんて懲りごり。この間だって――」

しばらくの間ゆきの彼氏の愚痴を聞かされ、少々うんざりしてきたところでようやく目的地に着いた。
わりと簡素なアパートで、ここが彼女の家なのだろうかと考えているとそれを読んだかのようにゆきが呟く。

「彼の家です」
「なに?置いてった男を追いかけるためにわざわざ俺をタクシー代わりにしたわけ?」
「ええ。これで一発お見舞いすることができます。……見てなさいよ、女の恨みは深いんだから」

そう意気込むゆきに銀時は思わず笑ってしまった。淑やかそうに見えて気は強いらしい。悪くねェな、と独りごちる。
ゆきは銀時に深く頭を下げると財布から数枚の札を抜いて彼に差し出した。

「本当にありがとうございました。お約束の謝礼です」
「どーも。アンタ面白いからサービスしてまけてやるよ」
「そんな……我が儘を言ったのは私なのに」
「いーのいーの」
「でも」

しばらく逡巡したゆきはふと何かを思い出したように顔を上げると、結い上げていた髪から一本の簪を抜き取り、それを銀時に差し出す。透かし彫りの見事なべっ甲の簪だった。

「では、これを。売れば多少の値がつくと思います」
「だから要らねーって」
「もしくは、両親に手渡して頂けませんか。心配かけてごめんなさい、と」
「あん?そんくらい自分で――」
「では、お願いしますね」
「おい、ちょっと――」

ゆきは簪を銀時に押しつけると、銀時の呼び止める声も聞かずにアパートへ向かってしまった。その場に残された銀時は簪を手に呆然とするしかない。今すぐ追いかけても良いが、男女の修羅場に邪魔することほど面倒なことはない。はあ、とため息を吐いて、頭を掻いた。
面白くもあり、なんだかよくわからない女だった。不思議な印象を持つゆきを思い返しながら、銀時は「あ」と声を洩らした。

「親の家とか知らねーんだけど……」

***

夕方。昼間のこもった暑さも和らぎ、幾分か過ごしやすくなった時間帯、銀時はようやく家に戻った。あれから何をしていたかといえばパチンコである。簪のことが頭のなかをぐるぐる渦巻いていたため、昼間の儲けは全て消えてなくなった。諸行無常である。
結局、簪はどう処理して良いか分からず家に持って帰ってきてしまった。売るか親へ、という二択のなか質屋に入れるのも気が引けるし、ゆきの言伝通り両親に渡そうにも住所を聞いていないためそれも難しい。
どうしたもんか、とリビングに向かう。いつもなら新八や神楽がなんやかんやと声をかけてくるのだが今日は二人とも居ないらしい。点けっぱなしのテレビの音が誰もいないリビングに響いていた。

「ったくあのガキどもはよー……」

さっきとは違う意味でため息がこぼれる。テレビを消そうとリモコンを掴んだところで、気になる映像が画面に映った。
アパートから警官に囲まれた状態で一人の男が出てきた。パーカーを目深にかぶっているせいで顔はよく分からない。手元はタオルでぐるぐる巻きにされていた。おそらく、かけられた手錠を隠すためだろう。それはよくあるニュース速報の映像だった。
だが銀時が気になったのはそこではない。その男が出てきたアパートの方だ。

そこはつい数時間前、自分が向かったところではないのか。ゆきの案内で行った、見覚えのある簡素なアパート。偶然なのだろうか、と考える間もなくアナウンサーが情報を読みあげる。

『――容疑者はかぶき町のパチンコ店付近にて犯行に及んだということで――』

ゆきに声をかけられたのも同じ場所だ。万事屋さん、と路地裏から小さな声で銀時を呼んだ。

『また、交際中の女性とは些細な痴情のもつれから言い争いになり殺害したということで、被害女性の遺体は現場の路地裏に遺棄したと述べており――』

ゆきも彼氏と喧嘩をして置いて行かれたと言っていた。返り道が分からないので、仕方なく路地裏で一晩過ごしていた――。

『警察によりますと、容疑者は自ら自首したということですが、その理由を明らかにしていません』

――これで一発お見舞いできます。
――女の恨みは深いんだから。

全身に冷や汗が浮かぶ。先ほどまで感じていた暑さなどとうに消え去っていた。
無意識にしっかりと握っていた簪を見下ろす。彼女はこれを渡すとき、 両親への言伝としてなんと言っていただろうか。

――心配かけてごめんなさい――。

つまり、これは。なら、自分がスクーターの後ろに乗せていた人物とは。
――全てを理解する前に、銀時はその意識を手放した。

『――さらに、遺体の所持品のひとつがなくなっており、金銭目的の殺害なのかを詳しく調べるため容疑者を警察署へと連行するとのことです――』



07.17

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