先ほどの発言で沖田を警戒し始めたゆきは、彼と適度な距離を取りつつ歩いていた。それを横目に沖田は鼻歌を歌いながら進んでいく。ゆきの警戒に気づいてないというよりは、むしろ楽しんで放置しているふうだった。
よいしょ、と荷物を抱え直したところで沖田がふと口を開く。
「――そういえば、最近攘夷によるテロが激しくなってきてるらしいですぜ」
「テロ?」
沖田の言葉を反復すると、彼はこくんと頷く。
見上げた少年の髪の毛は昼の太陽に照らされて蜂蜜色に輝いていた。
「最近じゃ江戸有数の会社やら貴族やらを誘拐して、いろんな無理難題を要求するらしいでさァ。例えば討伐して捕らえられた仲間を解放しろだとか、中にゃ天人を追い出せなんて無茶言うやつもいるらしいですぜ」
「はあ……」
「驚くのは、やつらが武器を所有してることでさァ」
「武器?武器ならこのご時世、どこでも手に入るんじゃ……」
すると沖田は首を横に振ってみせた。どうやらゆきの考えは甘かったらしい。
「こんなご時世だからこそ、幕府は攘夷浪士の手に武器が渡らないよう規制をかけてるんでィ。武器の輸出や輸入を細かく調べて、こちらの絶対的な監視下に置く。そうすりゃ自然に武器は浪士の手に渡らないはずなんでィ」
「へえ」
「けど、ちと妙なんでさァ」
「……妙?」
首を傾げて沖田を見上げる。沖田は人差し指を立てて彼女を見た。
「俺たちの監視下にある武器が、横からかすめ盗られてる」
「盗まれてるんですか?」
「いんや、厳しい規制をすり抜けて、誰かが裏で浪士に武器を横流ししてやがる」
「じゃあ、一体誰が――」
それが分からねぇ、と沖田はわざとらしくため息をついた。ポケットからガムを取り出すと、それを口に放り込む。
「俺らも処理に追われて困ってるんでィ。桂か高杉が裏で手引きをしてるんじゃねえかとも思ったんですが、どうも違う。なら横流しする犯人は誰か?今それを捜査してるんでさァ」
「……大変ですね」
「――って土方さんが言ってやした」
「え」
思わず固まるゆきを見て、沖田が肩を震わせる。なんだか恥ずかしい。
沖田は軽く謝りながら自分のガムを一枚、差し出した。お詫びだと言うが、ずいぶんと安いお詫びである。
「――ま、ゆきさんも気をつけなせェ。あんたの両親の会社は急成長を見せる、今や会社有数の企業なんですぜ」
「……」
はっとして立ち止まる。そういえばそうだ。両親が狙われる可能性だって十分高い。
途端に両親が心配になってきた。
「……父と母が心配です」
「……そうかい、なら連絡の一つや二つくらい入れてあげなせェ。――さ、着きやしたぜ」
気づけば万事屋だった。慌てて礼を言うと、沖田はひらひらと手を振ってみせる。
「そんじゃ、さいなら」
ポケットに手を突っ込み道を歩く沖田は、今度こそ本当のため息をついた。
「心配なのはアンタの両親じゃなく、アンタ自身なんですけどねィ」
そう呟いてみせた沖田を、ゆきは知る由もなかった。
(お母さんに電話してみよう…)
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