前も後ろも分からなくなって、もう目の前の敵を斬りまくってた。ちょうど襲いかかってきた敵の喉を掻っ切ったところで背後に殺気を感じ、振り向きざまに刀を向ける。
キィンという甲高い音とともに交わる刀。その刀の刃に見覚えがあり持ち主を見ると、やはりあの男だった。
「っ、高杉!どうしたの?」
目を丸くしてそう訊くと、高杉は私に向かって何かを投げつけてきた。完全に油断していた私は固まり、投げられた何かは私の後ろで斧を振り上げていた天人に突き刺さっていた。私がびっくりしている間に、天人は大きな音をたてて倒れた。
高杉は獲物を投げた腕を下ろすと、鍔迫り合いになっていた私の刀から自分の刀を離す。自分の刀についた少量の血を指で拭いながら、高杉はため息をつきつつどうしたのじゃねぇよ、と呟いた。
「今日はもう引き上げるぞ」
「え…もう?」
「少しは落ち着け。お前さっき瞳孔開いてたぞ」
「うそ、本当に?あ、さっきはありがとう。完全に気を抜いてた」
「だと思ったぜ」
そう言った高杉は口角を釣り上げると刀を鞘へとしまった。私は鞘へ納めることはせず、自分の服で刀についた血を簡単に拭っただけにしておいた。これからまたいつ敵がやってくるか分からないのだ。いつでも斬れるように準備しておかねば。
ふと視線を感じ顔を上げると、高杉が苦虫を噛み潰したような顔をしている。その表情からは嫌悪すら感じ取れた。
「…何」
「敵の血をてめぇの服に吸わせる意味が分からねぇ」
「ほかに拭くものがなかったんだもん」
「そういう意味じゃねぇよ」
高杉はそう言って舌打ちをすると、後ろを見やる。誰も私たちをマークしていないことを確認すると高杉は走り出した。私もそれについていく。
「ていうか高杉、さっき投げた獲物ってクナイでしょ?私、高杉は刀だけって思ってたんだけど」
「予備だ、予備」
「へぇ、予備ねぇ…っと!」
襲いかかってくる天人を避けつつ斬りつける。高杉はといえば軽々と敵をかわしながら進んでいた。時には体術で、時にはクナイで。
「ちょっ、待ってよ!」
「てめぇはノロいんだよ!早くしねぇとやられるぞ!」
「あの野郎…男女の差を考えてないな…!」
文句を言いつつ、高杉のあとを必死について行く。なんだかんだ言いつつ、私は彼がいないと自分の陣地にさえも辿り着けないほどの方向音痴なのだ。ものすごく面倒くさい。
「早くしろっつってんだろ!置いてくぞ!」
「いやだから待ってよ!」
高杉と私の向かった先は廃寺だった。埃が積もりあちこちに蜘蛛の巣が張られているそこにはたくさんの仲間がいて、なかには怪我の手当てをしている辰馬もいた。辰馬は私たちに向かって手を振ると、怪我をした仲間に何か言ってこちらにやってきた。
「随分遅かったようじゃな。二人とも無事がか?」
「あぁ、生きてる」
「ほんなら良かったきに。酒ば調達してきちょるから、ちと待つぜよ」
そう言って辰馬は言ってしまった。高杉も仲間のところへ行くのを確認した私は一人、奥の部屋へと足を進めた。埃っぽさが増し、身体に絡みついてきそうなほど重苦しい空気を掻き分けやってきたのは縁側だった。あれ?私は奥の部屋に行きたかったんじゃなかった?と首を傾げながらも縁側に腰掛ける。夜空は眩しくて、なんだか泣きたくなった。
「おい」
ふと顔を上げると、酒瓶と二人分のお猪口を持った高杉が私を見下ろしていた。高杉は何も言わずに私の隣に腰を下ろすと、私にお猪口を手渡した。それに酒を注いで自分の分も注ぐ。くいっと一気に飲み干す高杉を見てから、私もちびりと酒を舐めた。
「随分と辛気臭ェ顔してやがるな」
「…なんできたの。さっきまで銀時たちといたのに」
「はっ、てめぇが不細工な顔で泣いてんじゃねぇかと思ってからかいにきたんだよ」
「死ね」
「お前が死ね」
「こんなご時世に死ねとか言わない方がいいよ」
「てめぇが先に言ったんじゃねぇか」
小さく笑うと私は酒を呷った。喉の奥が焼けるように熱い。アルコール度数高いの持ってきたなと高杉を睨むと、高杉は至って涼しそうに酒を飲んでいる。少しムカついた。でも、少し楽しくもあった。
「明日もこうしてられるかな」
そう呟くと、高杉はさぁなと首を傾げる。
「それはお前の行い次第だな」
「じゃあ余裕だわ」
「嘘つくな」
「嘘じゃないもん」
「冗談はその顔だけにしろ」
「死ね」
「てめぇが死ね」
「こんなご時世に死ねとか」
「もうそのネタいいっつってんだろ」
今度こそ笑った。酒が回ってきたせいかもしれない。なんだかものすごく楽しく感じる。ちらりと高杉を見ると、高杉も小さく笑っていた。それを見て嬉しくなる。
「ねぇ」
「あ?」
「明日もこうして笑ってられるといいね」
「……そうだな」
そう言って、また笑った。最初のころにあった小さな泣きたい衝動は、もうなくなっていた。
何が書きたかったのかよく分からない。