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昨日を振り返ってみれば後悔ばかりで、次こそは、と明日にばかり期待する。毛布にくるまって明日を待っても、結局やってくるのは今日なのだ。

「オラ、学校行くぞ」

毎日繰り返される“今日”に辟易して、部屋に閉じ籠もってばかりいた私に手を差し述べてきたのは、隣に住む幼馴染みのアイツだった。

「お前そろそろ教室戻れよ」

そう言って晋助は私を見る。私は膝を抱えて黙って外を見ていた。ここは学校の屋上で、今は授業中だ。どのクラスも体育の授業はないらしく、外は静まり返っている。時折爆発音がする以外は静寂に包まれていた(爆発音の原因は3Zだ、絶対)。
黙り続けている私から目を離した晋助は、ポケットに手を突っ込むと小さくあくびを漏らす。そんな彼を目の端に捉えながら、私は空の蒼さに目を細めた。

毎日同じことを繰り返すのに疲れた。何度も何度も同じことばかりで現実味が薄れてしまう。それなのに、時折周りから聞こえる私への失笑や冷たい視線ばかりが色濃くなっていて、その度に私はため息をついていた。うんざりだった。
それから急にやる気が失せて、次第に私は学校へ行くのを渋るようになってきた。今じゃ引き籠もり同然だ。でも、それでいいのかもしれない。ずっとここにいればあの幼稚な彼らを見ずにすむ。騒がしい彼女たちにうんざりすることもなくなるのだ。そう考えると、なんだか身も心も軽くなったように感じた。

「……お前、待たされる人の気持ち考えたことあっか?」

今日も晋助はやってきて、学校に行くようにと私を叩き起こしてきた。でも気が乗らなかった私は頑なに断り続けた。しばらくしてため息をついた晋助は、なら俺も今日はお前の部屋にいる、と言って私の机の椅子に腰掛けた。彼の意図がさっぱり分からない。

「……別に私、人を待たせたことないし」
「じゃあお前が人を長い時間待ってるとする。お前はどんな気持ちになる?」
「まぁ……遅いな、とか……ちょっとイライラして……心配する」
「それだ」
「……何が?」

晋助は私に人差し指を向けて言った。ベッドに丸くなっていた私は晋助の言っている意味が分からず、頭の上にに疑問符を浮かべる。全く、晋助は小さい頃から意味不明なことを言う。

「今の俺、はたまたお前の友達の気持ち」
「……さっきのが?ありえない」
「そんなこと誰が決めるんだ?現に俺は、お前を心配してんだぜ」

晋助が心配?なんか合わない。そう言うと、うるせぇ、とタオルを投げられた。

「要するに、お前の周りにいる奴らはみんな、お前を待ってんだよ。やきもきしながら」
「……そんなこと」
「お前の中で何があったか知らねぇけどな」

晋助は頬杖をついて私を見る。その鋭い瞳はいつになく真面目で、私は話を逸らすこともできずに黙って続きを聞くしかなかった。

「お前のこと待ってる奴らはいんだよ。お前が部屋に閉じ籠もって“毎日”を過ごしてる間じゅう、ずっと」
「……」
「お前は本当に、毎日が同じことの繰り返しが嫌だからこんなふうになったのか?」

何故かドキリとした。胃のなかに何か冷たいものが通っていったような感覚が身体じゅうを駆け巡る。なに言ってんの?そう言いたいのに、喉の奥が貼りついてしまっていて上手く声が出せない。そんな私をお構いなしに晋助は淡々と進めていく。

「お前は何が欲しいんだ?自分にないモンを持ってる奴らを指くわえて見てたってなんも始まんねェよ」
「なん、で」

やっと絞り出した言葉は掠れて震えていて、きっと私の顔は更に酷いんだろうなと思った。

「なんで?何年お前の幼馴染みやってると思ってやがる」
「……うん」

私はぼんやりと床を見つめる。ここまで自分の気持ちを代弁してくれる人がいるなんて。と言ってもさっき晋助に言われてやっと自覚したのだけど。
『自分にないモンを持ってる奴らを指くわえて見てたって』。確かにそうなのかもしれない。私は羨ましかったのだ。私よりたくさん友達がいて、励ましてくれる人がいて。それを羨ましがって、なのに行動を起こさなかったのは私だ。

「欲しいモンが全部手に入るんら人間苦労しねェよ。怖くなって死にたくなっても、それでも手を伸ばして、ほんの一握りの幸せを掴み取らなきゃいけねぇ」

怖い。その言葉に私は小さく息を呑んだ。

そうだ、私は怖かったのだ。周りから漏れる失笑に視線。いつも見られてるのでは、と怯えていた。またみんなに笑われるんじゃないだろうか、陰で何か言われてないだろうか。
その怖さを、私は知らないうちに“疲れた”という言葉で隠していたのだ。隠したのは、目を背けたのはこの私だ。全部、全部、逃げていた。私は臆病な人間だ。

「お前は別に弱くなんかねぇよ。ただ周りが、ちと冷たいだけだ」
「う、ん。――あのね、」

瞼がかあっと熱くなって、視界が歪む。起き上がって晋助を見ると、その拍子に熱い涙が頬を伝った。どんどん溢れてくる涙を止めることができず、ただボロボロと涙を零す私の頭を晋助は優しく撫でた。

「あの、ね……こ、怖かったの。みんな、の、視線が」
「あァ」
「私は、臆病だからっ……今日、から逃げて、それなのに今日ばかり来て……」
「あァ」
「でも、晋助が来てくれて、嬉しかったの……!」
「……そうか」

それ以上はもう何も言えなかった。ただ晋助にすがりついて、こんなに泣いたことあるのかってくらい、泣いた。そんな私を晋助は優しく受け止めてくれて、私の頭をずっと撫でていた。

「お前が心配しなくても、俺はちゃんとお前のそばにいてやらァ。だから、もう我慢すんな」
「うん、」

思いっきり泣いてすっきりしたら、また頭を撫でてやる。それから今までのことも全部話して、今度はたくさん寝ろ。そうすれば、次の日迎える今日は絶対に何かが変わってるはずだ。太陽も蒼い空も雲も小鳥も、眩しいくらい輝いてやがる。そう考えりゃ、楽しいモンだろ?安心しろ、お前の隣には絶対に俺がいるから。そう言って抱きしめる晋助の言葉に、私はゆっくりと頷いた。






明日はきっと、明日をきっと、
迎えに行くよ。



おかずのごはん』様に提出。
素敵な企画ありがとうございました!

(0601)

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