準備室という名の俺の城でゆっくりと煙草を味わう。あと2分もすれば鐘が鳴って、授業に行かなければいけないのだ。面倒くさいあいつらの相手をしていれば煙草なんてそうそう味わうことすらできない。時間ぎりぎりまで吸っているこのときが好きだった。
そうこうしているうちに授業開始のベルが鳴る。ああああ行きたくねえええ。
「……めんどくせ」
短い煙草を灰皿に押しつけると、俺は重い腰を上げた。
***
3Zというのは本当にもう、とにかく凄まじい。個性云々を突き破る人格の持ち主が勢揃いしている。まあそんなクラスを担当する自分もそのうちの一人なんだろうけど、とひとりごちてから、クラスの扉を開けた。
途端に聞こえる喧騒に顔をしかめると、とりあえず教卓に立ってその場をおさめた。後ろの方で血みどろのゴリラが倒れていたが、たぶん近くのゴリラが脱走してきたのを退治したんだな、うん。
「うーい、授業始めんぞー」
「先生、ゴリラはどうすればいいですかー」
「あ?どうせ脱走したやつだろ、目が覚めたら保健所に連れて行け」
「そんなワケないでしょうが!」
くだらないやりとりの後、無事に授業が始まる。しかし、そんな中で一向にやる気のなさそうな女子がいた。こいつが面倒くさい。
「せんせー」
「あ?」
始まった。
未だ騒がしい教室でじっと俺を見る女子生徒。面倒な予感しかしない。
「煙草くさいですやめてください」
「分かった、じゃあ煙草はやめるからお前は国語の教科書とノートを机に出そうな」
「嫌です。国語の教科書とノートを見ると動悸、息切れがします」
「お前昼休みに腕立てしながら古今和歌集読め」
さらっと流すと、誰も聞いていない授業を再開する間もなく次がくる。
「せんせー」
「あん?」
「先生を見ても動悸、息切れがします」
「そーか、病院に行け!」
ああ、駄目だ。今日はこいつの相手をしちゃいけない日なんだ。いつも以上に面倒くせえ。ほんと病院行ってくんないかな。
「せんせー」
「ああ?」
「これって恋ですか?」
「違うね、不整脈だね」
きょとんと小首を傾げる彼女を無視して黒板に向かう。あっ、やばい、俺も動悸息切れが激しい。不整脈だ。病院行くべきは俺か。俺だな。
「せんせー」
「あん!?」
勢いよく振り返ると、丸い瞳と目が合った。
「好きです」
「……」
ああ、こりゃほんとに病院行きだな。がしがしと頭を掻いて、ぼんやりとそんなことを思った。
「せんせー、もしかして照れてます?」
「……お前あとで準備室に来なさい」
ああもうほんと、こいつ、どうしてやろうかな。
(131007)
昔の小ネタをリメイク