ag-short | ナノ


苦しかった。喉が焼けるように痛くて、ろくに息ができない。
悲しかった。自分以外の温かみを失って、自分だけが生きている。
いっそのこと死んでしまえれば、と考えたところで目頭が途端に熱くなって視界が滲んだ。泣くことなんていつぶりだろうかと頭の隅で考えながら唇を強く噛む。
唇の痛みのおかげで涙は引っ込むのかと思ったが、存外この涙はしぶとかった。どんなに噛んでも涙は止まることはなく、ぽたぽたと地面に落ちていく。
死臭と鉄臭さのなかに、ほんの少しだけ雨の匂いが混じっていた。

「──おい」

低い声が鼓膜を揺する。私は地面を眺めながら動こうとしなかった。呆れたようなため息が背後から聞こえた。

「敵陣のド真ん中だぞ、死にてェのか」

周りからは地鳴りのような低い足音と鉄同士がぶつかり合う音と大砲の音と、命の途絶える音がする。
なおも動かない私に業を煮やしたのか、彼は小さく舌打ちをして私の正面に回ると、両肩を掴んだ。

「おい、テメェそろそろいい加減に──」
「……死にたいよ」
「……あ?」

彼の柳眉が釣り上がる。地を這うような低い声が私の中に入ってくる。地面をぼんやりと眺めながら、私はもう一度呟いた。

「高杉、死にたいよ」

風に掻き消えてしまいそうに小さな声だったけど、ちゃんと彼に聞こえていたらしい。高杉の肩を掴む手が少し、ほんの少しだけぴくりと反応した。

先の戦争で親を失い住む場所を失った。そして恩師と生きる意味まで失った私に、もう戦うことなんて不可能だった。
強く生きなさいと笑った先生の顔が鮮明に思い出される。強く生きるなんて無理だ。元来私は強い人間ではない。心の拠り所を失えばあっけなく崩れ落ちる、弱い人間だ。

ぽろぽろとこぼれる涙を拭うこともせず、死にたいと繰り返す私を見て高杉は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……お前ひとりが死んだとこでどうにもならねえぞ」
「楽になりたい。苦しいまま生きるより、一瞬の痛みで楽になれるならそっちの方がいいんだ」
「ふざけんな」

高杉はそう吐き捨てると、乱暴に私を担いで歩き出した。布越しに高杉の体温が伝わってくる。体じゅうが冷えきった私にとって、その暖かさは死にたくなるくらい優しいものだった。
もうこの暖かさから離れたくて何度も下ろしてくれと頼むのだけど、高杉は耳を貸そうとしない。私の泣き声は一層ひどくなる。

「高杉、下ろしてよ、自分で歩くから」
「今お前を手放せば死のうとするだろ。そんなことさせてたまるかよ」
「だって、高杉のせいでもっと死にたくなったんだよ」
「自殺志願者が偉そうに言うんじゃねえ」
「お願いだから、」
「お前は絶対に死なせねえ」

高杉の断言するようなその言葉に、嗚咽が止まった。絶望しているのに涙は止まって、それが不思議でならない。
高杉は前を向いたまま歩き続けている。

「お前は俺が死ねって言うまで死ぬな」
「どうして」
「んなもん自分で考えろ」
「……私ねえ、高杉の体温のせいでものすごく死にたい気分なんだ」
「離せば死にたくなくなるわけじゃねェんだろ?」
「否定はできない」

高杉は軽快に笑った。

「それなら、俺の体温で死にてェって思いながら生きてろよ」
「……ひどい」
「そうだな。俺ァお前が思ってる以上に残酷な野郎だな」

さっきまでの笑い声とはうって変わって、嘲笑を含んだ自虐的な声だった。
それでも、と高杉は言う。

「俺の勝手な我が儘でも、お前だけは絶対に死なせたくねえ」

よく分からない感情があふれてくる。体に収まりきらなかった感情が涙となって再び頬を濡らした。

高杉は自分のことを我が儘だと言うけど、私の方こそ我が儘だ。現に、何度も死にたいと願っていたはずなのに、今はまだ生きていたいとさえ思っている。
高杉の暖かさには相変わらず死にたくなるけど、さっきと違って愛しいような感情が混ざっていた。
まだこの暖かみに触れていたいような、暖かさに包まれながら死にたいような、一言では言い表せない感情だった。

また泣き出した私に高杉は構うことなく進んでいく。
中途半端な気持ちをぶら下げながら、私はもう少し生きていくのだと思う。冷えたきった私に体温を分け与えてくれるのはきっと高杉だけだ。

最初に感じていた苦しさと悲しさは、死にたい気持ちと生きたい気持ちを残したまま消えてしまったらしかった。

「……高杉」
「どうした」
「体が冷たい」
「はっ、あとで俺が嫌というほど温めてやらァ」



追憶の縁をたどる


(120913)

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