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仕事があまりに過酷すぎて死にそうである。ちなみに今日の睡眠時間は3時間。出勤は7時。死ぬ。もう体が持たない。電車に揺られながらぼんやりとそんなことを思った。

「……うっ」

急に視界が歪んで、吐き気を催す。完全に酔った。貧血もあるかもしれないが、大半の理由は睡眠不足だろう。かなり気持ち悪い。
頑張れ、駅まであと十分もない。堪えろ自分!

自分に必死にエールを送り続けること数分、ようやく駅に着いた。ふらふらと出口に向かいながら鞄を漁って定期券を探す。……あれ?ない。

「おねーさん、これ落としたよ」

不意に背後から声をかけられて振り向くと、男子高校生が何か拾いあげてこちらに向かってくる途中だった。その手元には見慣れた定期券入れ。

「あ……私の」
「鞄漁ってたときに落ちてたけど」

ほい、と笑顔で渡されて、小さく礼を言う。にっこりと笑った青年は、目を見張るくらい派手な銀髪だった。す、すごいな今時の子は……。
その髪の毛に唖然とする私をよそに、青年は私が改札を抜けるのを急かすように背中を押す。後ろの人が少し詰まっていたらしい。あまりにぐいぐい押すものだから、胃から何かがこみ上げてきそうになった。

やっとのことで改札を抜けると、おぼつかない足取りで会社まで歩き出す。すると、肩を叩かれてさっきの青年が声をかけた。

「おねーさんさあ、大丈夫?さっきからすげーしんどそうだけど」
「あ、大丈夫です……」
「いや、目の下の隈もひどいし髪もボッサボサだし」
「大丈夫です……」
「ほんとに大丈夫?」
「ほんと大丈夫です……」
「……」

今が一番稼ぎ時だし、忙しいのはみんな一緒だ。それにこの忙しさには慣れている。
そんな感じのことを呆れて何も言えないような青年に説明すると、青年はため息をついてポケットから一口サイズのチョコレートを差し出した。

「疲れてる時は甘いもんが効くっていうし。あんま無理しないでね」

それだけ言うと、青年は私とは反対方向に向かって走り出す。ふわふわと揺れる青年の髪の毛を眺めながら、あんな身なりでもちゃんとしたまともな子はいるんだなとぼんやり思った。

***

それから馬車馬の如く働きまくり、当たり前となった残業もなんとかこなして今日の仕事は終了した。そして、それ限界だった。普段は残業しても大量に残る仕事を家に持ち帰ってするのだが、それも止めた。上司に本気の無理を言って明日は有給をもらっていたから、ゆっくり休もう。
そう考えて、夜食を買うために近くのコンビニに入った。

「らっしゃーせー……って、あれ?電車ん時のおねーさんじゃん」

偶然だねー、と笑う銀髪の青年は、私を見つけると気だるそうな顔を綻ばせて手を振ってきた。私は私で疲れ果てていたためろくなリアクションを取ることもできず、ただ引きつる顔でなんとか曖昧な笑顔を作って会釈だけする。
泥沼に足を突っ込んでるんじゃないかってくらい重い足取りでお弁当コーナーに向かった。しかしこの時間帯まで残っているものなんてたかが知れている。もっと美味しいものが食べたいけど、作ったり外食するような時間なんてない。最近はお昼もコンビニのおにぎりかパンばかりだ。

なんかいろいろ枯れてるな、と自嘲気味に笑ってレジへと向かう。せめてもの枯れた自分への対抗としてアセロラジュースを買ったけど、枯れた自分をさらに浮き彫りにしているだけな気がして落ち込んだ。
レジには銀髪の青年しかいない。青年は眠そうにしながらもちゃんと精算していく。

「500円のお釣りでーす」
「どうも……」
「あっ、待って!」

全て会計を終えていざ帰ろうと踵を返すと、青年が慌てたように私を呼び止めた。一刻も早く帰って休みたい私はこっそり眉を潜めつつも歩みを止める。
青年は会計台の棚をごそごそと漁り、何かを取り出した。茶色い瓶の、栄養剤だ。ぽかんとして青年を見ると、青年は人差し指を口に当てて「内緒」といじわるそうに笑う。

「こんなことしていいの?」
「いーんだよ。サービスサービス」
「でも」
「なんかおねーさんすげー疲れてるし、その感じだとろくに飯も食ってねえんだろ?だったらもらっとけ」
「……」

しばらく黙って青年と栄養剤を見比べていたが、この青年の厚意を無にするわけにもいかない。ありがたくもらうことにした。
礼を言うと青年は楽しそうに手を振って笑う。

「なんなら俺が毎日おねーさんに弁当作ってやろうか」
「本気でそう言ってるなら、お願いしたいなあ」
「本気だよ本気」
「でも明日は久しぶりに休みだし」
「まじ?残念」

そんな会話を交わしてコンビニを出る。不思議な青年だ。無意識に緩む口元をなんとか抑え、帰路に着いた。
またこの時間に行けば青年に会えるだろうか。そんなことを考えながら帰る足取りは、コンビニに入るときよりも軽いものだった。






後日、駅で出会った青年にお弁当を届けられたときは、まさか本気だったなんてとかなり驚いた。なんて律儀な青年なんだ。
でも照れくさそうに笑う青年を見ているとなんだかこそばゆい気持ちになって、お互い顔を真っ赤にさせて駅のホームに突っ立っていた。



(120619)

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