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なんだかよく分からないけれど、私は死ぬらしい。すぐ目の前に広がる赤黒い大地に身を伏せながら、私は自分の死期を悟った。

「……あーあ」

けほっと咳き込むと口のなかに鉄の味が広がった。

あーあ。まだやりたいことたくさんあったんだけどなあ。
ぼんやりとそんなことを思って、まばたきする。なんだか目を開けているのも億劫になってきた。もう一度まばたきをする。瞼を下ろして、ゆっくりと上げると、目前にさっきまでなかったはずの人の足があった。もちろんその足は大地を踏みしめている。いいなあ。
誰だろうかと視線を辿ると、そこには思いがけない人物がいた。

「……晋助」
「んなところでなにしてんだよテメーはよォ」
「寝てます」
「ふざけんな起きろ」
「うげえ」

ぶっきらぼうにそう言って、晋助は私の肩を蹴ってうつ伏せから仰向けにさせた。本当ならこういうことされると死ぬほど(いや、もう死ぬんだけどね)痛いんだけど、晋助は傷の具合を気遣ってか、傷に響かない場所を優しく蹴ってくれた。まあ蹴ってることには変わりないけどね。

「痛むか」
「いや、全然」

不思議なことに、傷口は全くと言っていいほど痛まなかった。きっとさっきまで戦で興奮してたから、ノルアドレナリンだかなんだかが脳内に大量に出てるんだろう。もしくは、ただ単に死ぬ間際で痛みすら感じなくなったのか。そのどちらかだ。私個人としては前者がいい。

「すげー痛そうに見えんぞ」
「まじで?実際そんなことないけど」

痛みはない。ただ、傷口のあたりが異様なほど熱かった。熱湯をかけられたみたいに、もしくは熱せられた刀を当てられたみたいに、そこだけひどく熱を持っている。
脈を打つのと同じようにどくどくと熱を感じる。そこから血が流れているんだろうな、ということは私でもすぐに理解できた。

「あーあ」

次第に軽く早くなっていく呼吸をしながら途中でそうこぼす。熱い。

「晋助ぇ」
「なんだ」
「私さあ、まだやりたいことたくさんあったんだよね」
「……」

頭上で、晋助が息を飲むのが気配で分かった。

戦に勝つことはもちろんだけどもしこんな泥仕合が終わったんなら、まずは京にでも行って美味しいって評判の甘味を味わってみたいし、銀時たちとじゃれあうのだって楽しいからまたやりたい。本当ならこんな馬鹿みたいなことやってないで、誰かのお嫁さんになるのが夢だったんだよなあ。まあ誰か、なんてたかが知れてるけどね。
まだ松陽先生のお墓参りに行ってないから先生の大好きな花持ってお墓参りしたいし、そういえば銀時に材料が手に入ったらお菓子作るって約束してたんだったっけ。無駄に酒豪な晋助との酒比べもやりたいし、小太郎と将棋とか囲碁とかオセロとかやりたい。もう一度竜馬と寝てる銀時たちの顔に落書きだってしたかった。うん、ごめん、あれ私と竜馬がやった。知らないとか嘘言ってごめん。
とりあえず、そんな感じでまだみんなと隣を歩いて行きたかったなあ。

「……もういい」
「あ、あとねえ、」
「もういいって」
「まだまだいっぱいあるんだよ。なんたって私はまだ若いんだから」
「もういいっつってんだろうが黙れよ」

ちぇ、つまんないの。そうふてくされると、晋助が私のそばにしゃがみ込んだ。私よりもなぜか痛そうな晋助に、つい笑ってしまいそうになる。

「……晋助、痛いの?」
「──そうだな、痛ェ、な」

どっかの馬鹿のおかげで。そうこぼされて、私は軽く笑って謝った。

晋助が私の傷の手当てをしないのは、もう私が助からないということを知っているからだ。私も助かるだなんて思っちゃいない。
不意に、晋助が口を開いた。

「女のくせに、こんな傷作りやがって」
「あは、女扱いしてくれるんだ」
「一応な」
「……晋助」
「どうした」
「なんか、熱い」

さっきまでは傷口だけが痛かったのに、今では体じゅうが熱い。呼吸をするのも、目を開けているのも疲れた。
それを伝えると、晋助はおもむろに懐から懐刀を取り出した。……あらら、そんな重役を引き受けてくれるのね。

「それ、私の懐刀に見えなくもないんですけど……」
「いいだろ、土産に寄越せ」
「ちゃんと手入れしてよ」
「分かってら」

鞘から刀を抜き、それをそっと私の心臓のある胸に押し立てる。皮膚に切っ先が当たってるはずなのに、ここでも痛みは感じられなかった。
熱いと言っていた体も今じゃ手足の先から冷たくなりつつある。

「晋助」
「……どうした」
「痛くしないでね」

晋助はぴくりと口端の筋肉を痙攣させると、任せろと言って無理やり笑ってみせた。

次第に晋助の顔が近づく。吐息がかかるくらいまで近づいて、そっと呟くように私の名前を呼んだ。それに返事をする間もなく唇が塞がれる。
ああ、幸せだなあ。好きな人とキスができて、好きな人に最期を看取られて、私は幸せ者だ。

晋助の体温を感じながら薄く微笑む。どす、と重い衝撃が私の胸を貫いて、それで私の世界は暗転する。
最期に見た晋助は、なんだか泣いているように見えた。



(120609)
大切なひとの最期を手伝う高杉

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