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……あ。

ガコン。

「止まれ」

隣からそう声をかけられ、慌ててブレーキを踏む。車が止まると今度はバックで車道に戻れという。泣きそうになりながらそれに従うと、隣の教官が無表情で紙に何かを書き込んでいた。めっちゃ怖い。

「脱輪、中。これ試験だと20点は取られんぞ」
「はい……」
「ちなみに脱輪大だと試験中止な」
「はい……」

ただいま教習一時停止にて説教中です。

私の通う自動車学校は、それはそれは腕のいい教官がいることで有名だ。私は近場だったことからここに通い始めたのだが、教官がもう恐ろしいのなんの。まだ学校の場内での練習なのに、早くも泣きたくなる。
特に教官のひとりである高杉さんは、それはもうスパルタで泣いた生徒は数知れず。私はもうひとりの坂田さんがいいんだけど、何故か毎回高杉さんが私の教習をしている。坂田さんは優しいって聞くから是非あたって欲しいのに……。

「前も言ったよな?あと左折が大回り。これも減点」
「はい」
「ひとつひとつの動作が遅ェぞ。本当に道路の真ん中にいて、車が走ってると思え」
「……」
「返事」
「……はい」
「10分休憩。それまでにその辛気臭ェ顔でも直しとけ」
「はい」

車を停留所に走らせて、そのまま教室に戻った。そこには坂田さんしかいない。……くそ、呑気にジャンプなんか読んでる。
ぶすっとしたまま適当なところに座ると、坂田さんがジャンプから顔を上げてこっちを見た。

「お疲れさん」
「全くです」
「なに、また高杉になんか言われた?」
「私もう坂田さんに担当してもらいたいっす。高杉さん怖い」

今さっきのことをこと細かく話すと、坂田さんは爆笑していた。笑い事じゃないのに、と拗ねるように坂田さんを睨む。坂田さんは目尻に溜まった涙を拭いながら悪い悪いと謝った。軽すぎる。

「まあ俺が担当してもいいけどよ、高杉がなあ」
「……高杉さんがどうかしましたか」
「んー、まあな」

なかなか煮え切らない答えにうずうずしていると、休憩時間はあともう少しでなくなってしまいそうだった。外で煙草を吹かしている高杉さんを盗み見ながら早く教えてくれと急かす。ていうかここって全敷地内禁煙じゃなかったっけ?
坂田さんはしばらく悩んだ素振りを見せると、観念したように喋り出した。

「高杉は基本的に誰かを特定して当たらねーの。でもあいつは頻繁にお前を担当するだろ?だから、それくらいお前に期待してるんじゃね」
「期待って……私怒られてばっか……」
「伸びしろがあるってことだろ」

そう言われて黙り込む。もう坂田さんの言うことが胡散臭い。なんか信じられない。じっとりと坂田さんを睨むと、だるそうに「ほんとだって」と手を振る。俄然信用できない。
すると、ちょうどそこで外から高杉さんが私を呼ぶ声が聞こえた。軽く胃が痛むのを感じながら表に出る。坂田さんの力ない声援は私を励ましてさえくれなかった。

「遅ェよ」
「すいません……坂田さんと話してて」
「あん?」
「いや、あの、ただの世間話ですよ」

私が坂田さんの名前を出しただけでこうだ。高杉さんはよく、任侠ばりの凄みを利かせた顔をする。
慌ててそれだけ言うと、舌打ちをされた。なんかごめんなさい。

「――乗車するぞ」
「え、あ、はい」

急いで乗車の準備をする。車の周囲を点検して、車に乗ってシートベルトして、ミラーや座席も調整していざ発進である。
ううん、また緊張してきた。痛む胃と震える手をなんとかなだめる。さあ停留所を出るぞ、とハンドルを握り直したところで、高杉さんが独り言のようにぽつりと呟いた。

「――緊張さえしなけりゃもともとできるんだから、落ち着いてやれよ」

その一言にぽかんとして、それから舞い上がってしまいたくなるほど嬉しくなった。全然褒めない高杉さんが、褒めてくれたのだ。嬉しくないはずがない。あまりの感激に緩む頬を止められなかった。
それと、さんざん疑った坂田さんには、あとでおいしいおやつでも奢ろうと思う。



無意識にとらわれる


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