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湯浴み直後の火照った体に、夜風は心地よかった。遠くから太鼓やお囃子の陽気な音がして、ぼんやりとああ、祭りだなあと感慨深げに思う。祭り会場はきっと熱気でむわっとしているのだろうが、海の上は案外涼しかった。さざ波が耳をくすぐって、潮の匂いが肺を満たす。軽く深呼吸したときに、ちょうど花火が上がった。

「なんだ、祭り行かなかったのか」

背後から低い声が聞こえて振り返ると、高杉晋助がいた。湯浴みをしたばかりらしく、ふわりと石鹸の匂いがした。濡れた髪がやけに色っぽい。
私はうちわを扇ぎながら軽く頷いた。花火がどおんどおんと轟いて、風に乗ってかすかに火薬の匂いが鼻をつく。一瞬で咲いた花はゆっくり散っていき、その儚さが美しい。外国は永遠に続く完璧なものを美として、日本は儚くどこか欠けているものに美を感じるらしい。どこかの本に書かれていた。私も生粋の日本人だ。儚い命は美しい。

「高杉も祭り行かなかったじゃない。派手な行事は好きなんでしょ?」
「ああ……まあな」

今日は気分が乗らねえ、と呟いた高杉は、懐から煙管を取り出す。それを口にくわえかけて、やめた。

どおん、と大きな花火が咲いた。どこからかまた子さんや他の隊たちの騒ぎ声がして、頬が緩む。相変わらず元気な人たちだ。隣で高杉の「うるせえ…」という舌打ちが聞こえたが、まあそれも仕方ないだろう。みんな鬼兵隊の隊員なわけだし、そう簡単には外には出られない。だからこうやって楽しんでいるのだ。また大きな花火が上がって、みんなの歓声が海に響く。

「祭り、高杉も行けば良かったのに」
「お前がついてくるんなら行ってやるよ」
「え、人ごみ嫌い」
「……まだ治らねえのか」

呆れたように言う彼に、私は小さく笑ってみせた。

高杉とは旧友で、攘夷戦争が始まると同時に連絡を絶っていた。その後しばらくして彼が過激派の攘夷志士であると知ったのだが、あるときにばったり道で再会してからはちょくちょく酒を飲み合うようになっていた。高杉の旧友ということで鬼兵隊のみんなも良くしてくれるし、この空間が好きだ。そんなこんなでかなりの頻度で船に遊びに行っていたのだが、酒を飲みすぎて寝過ごしたつい一週間前。二日酔いで痛む頭を押さえながら甲板に出ると、船は港を出航していた。
とんだ間抜け女だが、みんなからは歓迎されたのでまあいいだろう。

最後に特大の五尺玉を打ち上げて、花火大会はお開きとなった。今まで何度も花火を見てきたが、今日のは特に綺麗だった気がする。

「綺麗だったねえ」
「……そうだな」
「まだ見たかったかも。今日の花火は今までで一番綺麗に見えた。なんでかな」
「知らねェよ」
「あっ、アレだ。高杉と一緒だったからかも!」

ぱちん、と指を鳴らして言うと、鼻で軽くあしらわれた。それには多少膨れっ面はしたものの、高杉がまんざらでもないことを私は知っている。私と目を合わせないのがその証拠だ。照れてる照れてる。
けど、もうひとつ。理由があった。高杉と見る花火が綺麗に見えたわけ。本人は気づいているのかいないのか。

「戻るか」
「えー、余韻に浸りたい」
「勝手に浸ってろ。奥で万斉と来島たちが花火買ってきてるらしいぜ」
「なら行く」
「相変わらず現金だなお前」

くるりと背を向けて歩き出す高杉に、そっと声をかけた。

「高杉」
「……なんだ」
「誕生日おめでとう」

今日は彼がこの世に生を受けた日であった。それを祝うように上げられた花火は、本当に綺麗だった。だからこのあとの市販の花火も、綺麗に見えると思う。

「くだらねえことばっかり覚えやがって」
「ちょっと嬉しいくせにー」
「てめえ……」
「きっと、みんなとする花火も綺麗だよ」

そう言って笑いかける。一瞬その片目を丸くした高杉は、やがてにやりと笑うと再び歩き始めた。

きっと、絶対に綺麗だ。だって、今日は高杉の誕生日で、隣には彼がいるのだから。




(110810)
Happy Birthday 高杉!

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