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足を引きずって本陣に戻る。さっきから口の中が鉄臭くてかなわない。ぷっ、と吐き出すと、どす黒い色の血が地面に付着した。

毎日が戦争だった。毎日たくさんの命が消えていく。助ければ救える命を見捨てて、目の前の敵を斬る。馬鹿みたいに殺していった。敵だって決して弱くはないから、仲間が馬鹿みたいに殺されていく。そのうち、生きて本陣に戻るやつよりも、死体となって戻ってくるやつの方が多くなった。

「高杉」

野郎よりも高い声。無意識に下げていた顔を上げると、あいつがいた。

「よォ」
「良かった、生きてたんだ」
「なんとかな」
「他のみんなは──」
「……」
「──……井戸、行った方がいい」
「……ああ」

それだけ答えて裏に回った。水を汲んで顔を洗う。水面に映った自分の顔は、ひどく衰弱してるように見えた。それが腹立たしくて、桶を払うように水を捨てる。払った先の爪に、血が固まっていた。

「…高杉」
「なんだ」
「手当てしないと」
「いらねえ。自分でやる」
「だめ。どうせ結局やらないでしょ」

本陣に戻り柱にもたれて腰を下ろす。すると図ったかのようにあいつがやってきては俺の手当てをしようとした。
図星を指されてつい睨むと、あいつも強い意志をもって俺を見据える。こうやって長い時間睨み合って、結局折れるのは俺だった。ため息をついて降参すると、あいつは満足したように頷いた。
──こいつだって満身創痍のくせに。甲斐甲斐しく怪我人の手当てなんざして、自分の休む時間はあるのだろうか。

「おい」
「なに?」
「ちゃんと寝てんのか」
「寝てるよ」
「隈」

こいつの動いていた手が止まった。顔を上げて見せたのは弱々しい笑みで、泣き出しそうにも見える。やっと落ち着いた苛立ちが、胸の中で再びくすぶり出した。

「……眠れないだけだよ」

最近じゃ、戦うというより生きるために敵を斬ってる気がしてならなかった。状況は芳しくない。いつだって死が目の前に居る。それによって死んだやつらが何人もいる。負け戦だった。

本陣は暗い空気で押し込められていて、息苦しかった。それなのにこの女はいつだって周りに声をかけて介抱して、本当ならこんな戦に参加なんざする必要はなかったのに。なんでこんなところにいるんだよ。なんで俺はそれを止められなかったんだよ。それが、一番腹立たしい。

「明日も戦うんだろうね」
「……ああ」

みんな、疲れていたのだ。ない力を振りしぼって刀を振り回して、また誰かが死んでいく。そうして誰も守れない悔しさに自己嫌悪。
みんな疲れていた。俺も、疲れていた。

「なあ」
「どうしたの?」

痩せたせいで肉が落ち、丸い目がより一層大きく見えたそいつを見つめながら、俺は乾いた唇を舐めた。

「……高杉?」
「好きだ」

あいつの顔が一瞬にして固まっていくのがよく分かった。やがて、みるみるうちに歪んでいく。
周りが疲れていたように、俺も疲れたのだ。だから、こんなことさえ言えてしまう。これは、今の状況で言ってはいけない言葉だ。こんなんで明日の戦いに集中できるわけがない。けど、思考がうまく働かない。──嗚呼、俺は、俺は。

「なあ、好きだ」
「……」
「好きなんだよ」
「……っ」

くしゃりと歪んだ顔を両手で覆ってしまったそいつは、肩を揺らしていた。かすかに嗚咽が聞こえる。俺はその背中をさするなんてことしない。そうすれば、何かが壊れてしまいそうだった。それは俺の理性かもしれないし、二人の仲かもしれない。とにかく、こいつに触れれば何かが壊れそうだった。

「高杉……」

涙で濡れた顔を上げて、こちらを見る。そんな顔で、そんな目で俺を見るな。そんな声で俺を呼ぶな。そんなことすれば、何もかもが、

「……わ、わたしも、」

破綻は、もうすぐそこにあった。








窶す(やつ-す)
目立たないように、形を変える。みすぼらしく装う。

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テーマ「人外ファンタジー」
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