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「ちくしょう!」

そう叫んでグラスをテーブルに叩きつけた。勢い余ってグラスから飛び出たお酒が、ぱたぱたとテーブルに跳ねる。それを見ていた男は額に青筋を浮かべて頬をひくつかせていた。

「てめぇ…人ン家だからってしていいことと悪いことがあんだろ」
「うっせー!私は今虫の居所が悪いんじゃ!」
「つーか人の家で夜遅くまで酒飲むとか寂しくねぇのかお前」
「そりゃ寂しいさ。なんで?私何か悪いことした?」

そう言ってお酒を煽る。高杉は呆れたようにテーブルにこぼれたお酒を布巾で拭っている。
意外にも綺麗好きな高杉の部屋は、びっくりするくらい片づいている。今日だって突然押しかけたのにも関わらず、すんなりと部屋に上げてくれた。ちょっと散らかってるからとか言ってはいるが、ソファに無造作に投げられたスーツの上着以外に散らかったところは見えない。なんだこいつ掃除が苦手な私へのあてつけか。

「……で、今度はなんだって?」
「“思ってたのと違う”。馬鹿か!第一印象がそのまま全てに繋がると思うなよ!もっと俺を束縛しろ?マゾかお前は!」
「あーもう分かったから叫ぶな、耳に響く」
「だってさあ…!」

そこまで言ってテーブルに突っ伏した。頭上からはため息が聞こえる。
私にも非はある。メールだって自分からは滅多に送らないからあっちから来たときにだけ返すし、電話だってそうだ。浮気だってベッドインしてからだと思ってるからそこらで女と遊んでてもどうも思わない。それを、あの男は「俺には興味ないんだろ」で済ませやがった。てめーは鼻の下伸ばして女のケツでも追っかけてろ!

「全部聞こえてんぞ。とりあえずお前は口の悪さを直せ」
「高杉が友達な時点でそれは無理だね」
「友達、ねぇ…」

ぽつりとこぼした高杉は、グラスを唇につけた。私はその様子をじっと見る。ゆっくりと上下する喉仏を見ながら、よく分からない感覚に襲われた。体が熱い。頭がぼんやりとして、ふわふわと辺りを漂ってるみたいな錯覚を起こす。
ああ、これが酔っ払いかあ、とお酒に強い私は勝手に納得した。そういえば焼酎一升瓶近く飲んだ気がする。そりゃ酔うわけだ。やけ酒ってのが気に入らないけど。こういうのはもっと楽しい気分で飲むのが一番なんだよ。例えばほら……あれだよ、あれ……あれって何よ。

「ぶつぶつうるせーよ。お前酔ってんだろ」
「そっスね。なんか熱い」
「吐くとか勘弁しろよ。女のそんな世話したくねぇから」
「うっせーな、んなこと分かってるよおえっ」
「分かってねーだろうが」

おら、と投げられた布巾は私の顔がキャッチした。お酒くさい。さてはさっきテーブルにこぼしたお酒を拭いたやつだな。

「……お前さあ、不思議に思わねぇの」
「あん?何を」

ソファにもたれながらお酒を傾ける高杉は、なんとも言えない表情で私を見ていた。しぱしぱと目を瞬かせると、高杉はまた呆れたようにため息をつく。

「俺の噂聞いたことぐれェあるだろ」
「うん。意外に綺麗好きで仕事は不真面目に見えて真面目で、ファンクラブがあるくらい人気だけど女には一途で、夜中は御法度、昼間でも家に人を上げたがらない一人楽しい陰気な高杉くん」
「一人のくだりはいらねぇよ殺すぞ。──で?」
「で?って……え?」
ぽかんとすると、高杉は頭を抱えた。何かしただろうか。お酒を飲もうとしてグラスを覗き込んだら空だった。
グラスから視線を戻すと、今度は目と鼻の先に高杉がいて心臓が跳ねる。あっぶねー口から出るところだった。

「な、何してはりますの高杉さん…」
「よく考えてみろ」
「へ?」

高杉の潤んだ目が私を見ている。男らしい骨っぽい指が、そっと私の頬を撫でた。その瞬間、ぞぞっと鳥肌が立つ。それはまるで、さっき私が酔っていると思っていた感覚に少し似ていた。
──否、

「部屋に人を上げない主義の俺が、いつもお前だけを上げるのはなんでだ?一人で過ごすのが好きな俺が、うるさいお前と酒を飲むのはなんでだ?モテる俺が女を作らないのはなんでだ?……なあ」

私は酔ってなどいなかった。その感覚を酔っているのだと勘違いしていたのだ。私はきっと、あの時から。

「好きだ、って言ったらどうする」

顔が、体が熱い。頭がぼんやりして、ふわふわする。
私が意識をしっかりさせて頷く前に、すでに高杉は私の唇を奪っていた。






(110405)
高杉が積極的なんだか奥手なんだか。

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