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「あでででっ」

左肩に激痛が走り思わず顔を歪める。しかしそんなこと自分の知ったことではないとでもいうふうに煙草を吹かす副長に、舌打ちがこぼれそうになった。

「今舌打ちしただろ」
「え、してませんけど」
「聞こえてんだよ」
「マジすか」

呆れたようにため息をつく副長。すいません煙草の煙が喉と目に染みます、なんて言える状況じゃなかった。
私は包帯の巻かれた左腕を軽く押さえて副長を睨む。睨み返されたのですぐに目を逸らした。すごく怖かった。

副長は紫煙の混じったため息を吐いて救急箱の蓋を勢いよく閉じる。その音に思わず肩を震わせる。怪我をして刀傷を負った体のあちこちが痛んだ。
ちら、と副長を見る。副長は新しい煙草を取り出してそれに火を点けていた。

「……あの」
「なんだ」
「怒ってますか」
「怒ってねぇ」
「だってさっきから顔怖いですよ。瞳孔だってガン開きだし」
「うっせーな!怒ってねぇっつってんだろ!」
「やっぱり怒ってる」
「怒ってねぇ!」
「あだっ」

強く頭を叩かれて舌を噛んでしまった。すごく痛い。私痛いの大嫌いなのに。じゃあなんでここで隊員やってんのって話だ。私だってびっくりだよ。

副長はといえば、さっき点けたばかりのまだ長い煙草を灰皿に押しつけ、新しい煙草を取り出していた。……やっぱり怒ってる。本人は気づいてないかもしれないが、副長は苛ついてると必ず指をトントンする癖がある。すごい速さである。生まれたての小鹿ですかあなたは。

「……すみませんでした」
「社会に出たらすみませんでした、じゃなくて“申し訳ありませんでした”だろ」
「申し訳ありませんでした」
「もう遅ぇ」
「面倒くさっ!なんなんですかあなたはもー!さっきから謝ってるじゃないですか!すんませんでしたあ!」
「反省してるやつの態度じゃねぇだろそれ!」
「いっ……痛ってえ!」

今度は包帯の上から思い切り叩かれた。否、殴られた。あれ、傷口開いたんじゃねこれ。ちなみにほっぺである。口の中が血の味がする。さっき噛んだからなのか、それとも殴られて傷口が開いたからなのか。

「痛……」
「……」
「……」
「……くそっ」

盛大に舌打ちをした副長は再び救急箱を開ける。……本当は副長に手当てしてもらわなくてもいいんだけどなあと一人ごちる。本来なら真選組の中に衛生隊という隊があって、普段はそこで傷の手当てをする。しかし今回の攘夷浪士討伐でできた傷は、何故か横から私をかっさらっていった副長が手当てしていた。本当に何故だ。

「おら」
「…ありがとうございます」
「ん、」

そう言った副長は煙草を指にはさみ、また散らかってしまった救急箱を片付けている。さっきのトゲトゲした雰囲気はもうない。貼られたてのガーゼを撫でていると、ぼそりと副長が何かを呟いた。

「え?なんて?」
「っ、だから!悪かったって言ってんだろ!」
「……」

つまりはこうだ。今回の攘夷浪士討伐で不覚にも怪我をしてしまった私は、特攻を命じた副長に謝られている、と。副長も負い目を感じているらしい。別にそんなに気負うことはないのに。
そう洩らすと、もともと悪い目つきをさらに悪くさせて副長が私を睨んだ。怖いです。

「そういう問題じゃねぇんだよ」
「そういう問題って……。怪我をしたのは私自身の不注意ですし、副長が落ち込むことないですよ」
「だから、コイツほんとっ!……いいか、これはお前が思ってる以上に大事なことなんだよ」
「大事なこと」

復唱すると、副長は至極深刻そうな面持ちで頷いていた。──いや、全く分からないんですけど。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう、副長が苛立たしげに舌打ちをした。ええええそこまで。
ダンッと短くなった煙草を灰皿に強く押しつけてもみ消すと、額に青筋を浮かべた副長が私を睨む。

「だから!女が顔に傷作ったらいけねぇだろうが!」

その言葉に唖然としたのは私である。だってまさか副長がそんなことで悩んでいるなんて思わないもの。副長体調が悪いです、あ?マヨネーズ飲んで寝とけ、とかふざけたこと抜かす副長が。まさか顔に傷作ったくらいで。おま……どんだけよ。
ぽかんとしたあとに込み上げてくるのが笑いだ。それに怒った副長が私の頭を叩く。あらいい音。

「てんめぇぇぇ!人が心配してんのに何笑ってやがんだ!斬るぞ!」
「だ……だって、まさか副長が、うくくっ心配してくれるなんて……!くひひっ」
「この野郎ォォォ!」

刀に手をかけたところで急いで謝る。どこからか鐘の音がした。ふと襖の向こうを見ると夜空に満月が煌々と輝いていた。もう日付を跨ごうとしている。

「ていうかあれですよ、何かあれば副長が私を嫁に貰えばいいんですよ」
「断る」

名案だと思い副長を見ると、副長にきっぱりすっぱりと却下された。なんで、と唇を尖らせると本気のでこピンをされた。威力ハンパない。

「色気のない女は嫌いだ」
「なんと!」

頭を抱えて叫んだところで日付が変わったらしい。こんな夜中に何やってんだ自分。不意に副長と目が合い、軽く笑う。副長は鞘で私を小突く。なんだこの温度差。

とりあえず、これから美人になって素敵な人と出会って結婚して副長を見返そうと心に決めた。




洋燈の明滅



(110102)


※洋燈(ランプ)
二人はあくまで上司と部下。こういう関係も好きです。
ていうか衛生隊ってネタとしてかなり使えそう。……今度やってみよう。

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