ag-short | ナノ


やっちまったぜ。やっちまったよ自分。なんてこったいジーザス!
そんなことを呟きながら自分の手を合わせる。私の両の手はそれなりに冷たくなっていた。残暑が厳しいなと思っていた矢先に訪れる冬の冷たい風。あれ、秋どこ行った?なんて言ってる間に冬はやってきていた。そして私は途方に暮れている。

今朝は家を出る十分前に目を覚ました私は五分で全ての準備を済ませ、普段から鍛えている自慢の足で自転車を全速力で漕ぎ駅に着いたのが電車が出発する一分前のことだ。駆け込み乗車だとかそんなん関係ない。息絶え絶えになりながらも無事学校に着いた自分グッジョブ。しかし問題はここからだ。

なんやかんやで学校を終えた私は、いつものように駅で電車を待っていた。だが、如何せん寒い。このホームは風通しがすこぶる良いため夏は快適、冬は一転して地獄となる。
普段は制服の上に羽織るカーディガンを持っているのだが、今日は寝坊したためにうっかり忘れてしまった。おかげで北風に曝された私の体は寒さで震えている。寒さに弱い私にとっては地獄そのものだった。


「おい、」
「え?――あ、土方くん」


不意に後ろから声をかけられ振り返ると、そこには同じクラスの土方くんがいた。他のクラスではかっこいいと評判である。私も、マヨを除けばそれなりの常識人だと常日頃から思っている。
さて、土方くんは私を見て不思議そうに首を傾げたあとぎょっと目を見開かせた。


「おまっ…唇真っ青だぞ!」
「え、あ、うそ。やっぱりか」


そう言って唇に触れる。冷たかった。唇もカサカサだしリップがいるな、なんてぼんやり考えていると、不意に私の唇に触れていた右手が更に大きな掌に包まれた。それにぎょっとするのは私である。何せ、その掌の犯人は土方くんだったからだ。


「ひっ…土方くん何を…」
「冷てぇ」


ぶっちゃけ私と土方くんに接点などない。ただクラスが一緒で、たまに挨拶する程度だ。だから、私と関わりのない土方くんがこんなことするのに驚いた。


「お前…寒いんじゃねぇの?」
「う、うん、まぁ…」
「羽織るモンは」
「それが忘れちゃって」


あはは…と笑ってみせると、土方くんはため息をつく。そしてちょっと待ってろ、と上に羽織っていた男物のカーディガンを脱ぎ始めた。何だろうと首を傾げていると、それを差し出される。それを見た私が更に驚いたのは言うまでもない。


「なっ…いらないよ!大丈夫だって」
「いいから着とけよ。寒いんだろ」
「でもっ、土方くんが」
「中に何枚着込んでると思ってんだ。それに、女は体を冷やすもんじゃねぇ」


いいから着ろ、大丈夫だって、と押し問答してるうちに電車がやってきて、半ば怒鳴られるようにして無理やり着込ませた土方くんによって、私が折れることと相成った。ちょっと怖かった。

まだ土方くんの体温の残るカーディガンをもそもそと羽織りながら電車に乗り込むと、入り口のすぐ横の席に座る。土方くんは立っていた。肩にかけている鞄から見えるマヨネーズ型のストラップに笑みが零れる。
すると土方くんがこちらに視線をやった。立っている土方くんに自然と見下ろされる形になるので、少しおっかなびっくりしながらも首を傾げる。と、土方くんが私が羽織っているカーディガンを軽く摘んだ。


「やっぱデカいな」
「え、うん…」
「いつも見てて思うんだけどよ、お前ちゃんと食ってんのか?細すぎだろ」
「ち、ちゃんと食べてるよ!」


そう言って長い袖を握りしめる。すると土方くんが小さく笑った。その途端、心臓が跳ねる。そんな顔して笑うんだ、なんて頭の片隅で考えながら俯く。
ふわりと香った土方くんの匂いに、突然騒ぎ出した心臓が更に激しく鼓動を打つ。あれ、今なんか変態ちっくだったぞ、大丈夫か自分。
こんなこと初めてだからどう対処していいのか分からない。ガタゴトと電車に揺られながら、私は自分の心臓が大人しくなるのを必死に願っていた。




ベイビー、熱があるようだ


(1015)
土方のさり気ない優しさとふとした時に見せる笑顔が素敵だよねって話。あれ、上手く伝わってない…?

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -