いつも通り練習を終えて、部室で着替えをしていた時のこと。尊敬している大先輩がとんでもない事を口にして、背筋が凍った。

「ねぇねぇ。昨日さ、面白い動画見ちゃったんだよねー。『童貞を炙り出す質問』っていうの!」
「何それ。笑 どんな質問?」

思わず聞き耳を立ててしまう。なぜなら俺は童貞だからだ。普段は親しい友人にしか童貞であることを明かしていない。部室で繰り広げられるエロトークにはしれっと非童貞面して参加していたりする。
及川先輩が言う、「童貞を炙り出す質問」に答えられなければ、俺が童貞であることを部員全員に知られてしまうのだ。

「じゃあ、質問です。セックスをすると、筋肉痛になるのはどーこだっ?」

キャピキャピしながら質問文を言う及川先輩にイラつきながらも、俺は焦っていた。

どこだ?したことがないからどこが痛くなるのか分からない!

これはもう、質問される前に急いで着替えて部室を出ていくしかない。気配を殺しながらそそくさと荷物をまとめ始める。

「じゃあ、渡!どこが痛くなる?」

待って、いきなり2年に狙いを定めて質問してきた!

「腕…ですかね?」
「なるほど、正常位が好きなのかな?」
「いや、寝バックです。」
「ふーん?」

きも。好きな体位とか興味ないし。
…とかイキってしまう俺は童貞だ。

「じゃあ次京谷!」
「…太ももです。」
「太もも?」
「あー、足が痛くなるのは分かる。膝が擦りむけそうになるわ。」
「確かに。」

なんか非童貞同士が共感しあっている…!
涙目になるのを必死に耐えながら、ボンボンと鞄に荷物を詰め込んで、退室しようとしたら、見事に及川さんに捕まった。

「ちょっと待って矢巾。」
「はい…。」
「今までの会話聞いてたよね?矢巾はどこが筋肉痛になるの?」

適当に京谷か渡の回答に合わせれば何とかなるのかもしれない。でも、回答を深掘りされてうまく答えられず、その結果童貞であることがバレてしまうとダメージがかなりでかい。

「ん?どうした?」

数秒間黙っただけで、目の前の先輩はどうしたのだと追求してくる。

及川さんは洞察力も鋭いし、誤魔化しきれないと悟った。

「俺、童貞なのでわかりません!」

部室がしん、と静まり返る。
及川さんは一瞬目を見開いた後、聖母のように優しく微笑んだ。

「そっか、ごめんね?聞かれたくなくて、急いで帰ろうとしていたのか。」

俺は泣きそうになった。
なんで俺は童貞なんだろう。見た目は童貞には見えないらしい。いつになったらこんな惨めな思いをしなくて済むのだろう。

「そんなに落ち込まないで。笑 そもそもね、この質問にちゃんと答えられたとしても、俺はその人達を論破する言葉を知っているよ。」

この場にいる全員が及川さんの発言に固唾を飲んだ。

「そもそもね、セックスごときで筋肉痛になるなんて鍛え方が甘いんだよねぇ。笑」


静かな部室に、殺してぇ…!という花巻さんの呟きだけが虚しく響いた。

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