結局リゾートホテル毒物事件騒動は首謀者である一時期ウチのクラスにいた寺岡が、渚に気持ち良く倒されたことで終結した。ちなみに経口感染によって蔓延したあの病原体は下痢発熱などの症状を催すが身体に害はなく、解毒薬どころか経過観察で完治する物だったらしい。うちらの焦りを返せと思ったのは決して間違いではないはずだ。だけど、対峙した寺岡以外の三人の暗殺者はE組にとって良い影響を与えた。暗殺におけるクラスのツートップとスナイパーの成長は、今後の暗殺成功率の向上に絶対的に必要な物だ。雑魚とか言ってごめんなさいと思ったのは内緒にしようと思う。

「じゃねーだろ、バカ」
「イタッ」
「お前なに普通に毒盛られてんだ」
「いや、アレは気付かないって。しかも唇湿らす程度。すぐに海にも入っちゃったし」
「そんなんじゃボンゴレの将来はねぇぞ。死ね」
「待て待て。ていうかなんでこんな所にいるのよ」

リボーン。
そう言って目の前を見れば、当然と言わんばかりに座っている赤ん坊がいる。アルコバレーノが一人、リボーンだ。登場と同時に人の頭を殴りつけておいて、更に今は笑顔に加えて銃口まで向けている。昔からこいつの無茶振りな性格を知ってはいるが、やっぱりおかしいと思う。しかもあろうことかここは椚ヶ丘中学別校舎、E組の敷地内。どうやってそんな小さな身体で来たのかはもう考えないことにして、今はこいつが烏間やころせんせーに見つかることの方が面倒だと考える。

「今日がヤツの暗殺日だからな」
「誰が決めたそんなこと」
「オレだぞ」
「…だと思ったわ」

今私がいるのは校庭の割と近くにある木の上。ちょうど良い睡眠場所だとカルマに教えて貰ったそこで、残りの昼休みいっぱい休憩しようと登ったのだ。なのになんだこのリアルに頭を抱えたくなる状況は。片手に持っていた本を閉じると、体操着のジャージポケットにしまって腕を組んで赤ん坊へと目を向けた。ちなみに次の時間は体育だ。

「…要件は」
「……なに遊んでやがる」

相変わらず銃口は此方を向いたまま。だが、その言葉と同時にセーフティーを外し、殺気まで乗せてきた。E組は曲りなりとも暗殺者集団。今のところそんなに大きくはないが、ころせんせーもいない所で下手にこれ以上の殺気を出されると非常に厄介だ。素直に両手を挙げてため息を吐く。

「遊んでなどない」
「じゃあなんだ。学生生活は一護達とエンジョイしただろ」
「別にエンジョイしたい訳じゃないって」
「だったらさっさと殺って戻って来い。だからボンゴレも態々9代目から離してお前を送ったんだ。金欲しさ、」
「じゃないことは分かってるよ」

恐ろしいぐらい膨大な資産を持つボンゴレにとって50億なんてはした金だろう。なんたって私の為にマンションならぬ億ションのワンフロアを貸し切って改造したぐらいだ。馬鹿だろ。ついでに自慢じゃないが私も初代からボンゴレにいるので、結構持っている。なので仮に暗殺が成功したとしてもそれを受け取るつもりはない。

「っ、…で、なんで今のタイミングで発砲!?」
「お前が"仮に"なんて言うからだぞ」
「…そうでした。貴方には読心術がありましたね。……じゃないよ。なんてことしてくれたのよリボーン」

普段対先生用の銃しか扱わず、実弾とはかけ離れている音なのだが、銃声は嫌に耳につく。何処に身を隠そうか、いやでも音だけするのも不自然か、更に言えばその不審な現場から立ち去る様子をクラスの誰かに見られてしまったら、と目まぐるしく考えた約1秒の間に私達がいる木の周りに人間が10人程集まって来ていた。しかも指揮を執ってるかは知らないが配置は完璧。上手く気配も隠せている。

「…だが、まだまだだな。そこに居る奴ら、12人。全員出て来い」

こいつを殺されたくなければな。
言葉は嘘でも殺気は本物。厄介なことに殺気が分かる子供達は素直に両手を挙げて出てきてしまった。その顔を見れば全員が険しく、恐らくどうやって私を助け出すのか考えを巡らせているに違いない。…大変申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「…ねぇ。キミ何処からどう見ても赤ん坊にしか見えないんだけど、そうでもないみたいだねぇ」
「お前みたいな柔軟性のある奴は嫌いじゃないぞ。赤羽業」
「…だって。浦原さんが黙って手を挙げてるなんて早々ないからね」

そうカルマが言った直後、二回の発砲音が響いた。
リボーンはいくら世界最高峰の殺し屋と言われようが人間だ。私が認識出来ない程の予備動作もなしに引き金を引くなんてことは出来ない。しかも鳴った後に彼を見たら目を大きく見開いて私を凝視していた。いや、正確には私の腹部を、だ。まさか学校の敷地内で寄りかかっている木越しの死角から狙われるなんて思ってもみなかった。
認識した痛みに顔を歪めながら堪らず上半身を屈めるとバランスを崩して木から滑り落ちた。直ぐに気付いた寺坂が動いて受け止めてくれたが、状況を確認する余裕がないぐらいには痛い。

「オイ!!」
「…っ、なんか…異様に、痛い…」
「ハァ!?どういうことだよ!?」
「ふだん、うたれても…痛くない」
「痛いわ!!」

律儀にツッコむ寺坂に思わず笑みをこぼすと、肩に小さい衝撃があった。撃ってきた方角と大体の高さ・飛距離は恐らく貫通した木を見て調べ終わっているのだろう。肩から私の顔を覗き込んで表情で怪我の程度を測ったリボーンは何かを言おうと口を開いた。
が、不意に視界からリボーンが消えた。
瞬歩なんていつの間に取得したんだとふざけたことを思いながら少し視界を広げると、赤ん坊と二人の生徒が組手をしているのが目に入った。友人とひなたである。当然と言えば当然の結果だ。私に銃を向けて身動きを封じた上で、もう一人の仲間が遠方より射撃。仲間に拾って貰ったところを更に畳み掛けて射殺。ごく自然な筋書きだしどこも無理はない。むしろ美味しいコーヒーを飲みに態々海外へ行く仲だとは誰も思うまい。そちらの方が不自然だ。
リボーンが負けることはない。友人とひなたが勝つ或いは死ぬとも思っていないが、そろそろ口を挟まないと無駄な体力と時間を浪費するだけになる。最悪さっきの狙撃犯が此処にいる一人ひとりを狙い撃つ可能性だってあるだろう。顔を真っ青にして近付いてきた渚とカエデちゃんが視界に入る。漸く痛みと折り合いがついて周りの状況が分かって来たので、止血の為に地面に下ろせと寺坂に指示しているメグを片手で制して、頼みがあると伝えた。

「…お前、そんなこと、」
「分かったわ」
「……は?、ちょ、片岡…」

案の定感情任せに反論しようとした寺坂とは反対にあっさりと承諾したメグは立ち上がると'組手'をしている'二人'へ声を飛ばした。

「杉野、ひなた。ストップ」

隊のトップという訳ではないが、クラス委員長という肩書きとその実際は本物だ。瞬間ピタリと攻撃を止めた二人は訝しげに委員長を見た。

「私じゃないわ。説明ならこの子に求めて」

まるで反射板の様に手で二人の視線を私に向けたメグ。その目を見上げれば、ちゃんと説明しないと私が行くわよと書いてある。今の組手を見ていなかった訳ではないだろうに、そう言い切るのはやはりクラスのトップとしての責任感からか。絶対的な力の差を前提として彼女がどう指示を出し、どう攻撃をするのか見てみたい気もしたが、今は正体不明の暗殺屋が気になる所だ。委員長の無言の圧力に苦笑で応えると、立ち上がってリボーンを指差した。

「その赤ん坊は殺し屋だけど私の友人。さっきのは単なる戯れよ。赤ちゃんの遊び」
「……どこからツッコんで欲しいのソレ」
「部分的に今は放っといてくれると助かるね渚。気になるなら後で答えてあげるから質問はまとめておいて。但しつまんないこと聞いた奴は二度と朝日が拝めないと思えよ寺坂」
「俺お前を助けたよな!?ていうかなんで立てんだよ!!」
「さて、話を戻しましょうか。私を撃ったのは全く別の殺し屋。コロせんせーを狙いに来たと考えたいけど、わざわざ成功率の低い物体越しの死角を狙っていることから最初から狙いは私だろうね。そしてその狙撃の腕から推測すると、」
「今オレ等はそいつから十分殺される場所にいる。更に言えば、これだけマヌケに自分らの居場所を曝け出してるのに一発も来ないことと、寺坂が抱えてる浦原さんを再び狙撃しようとしないのは、生徒であるオレ等に危害を加えることはないという意思表示」
「流石。ご名答だよカルマ」

立ち上がった位置について触れもしない所も流石だ。
リボーンの方がより正確に分かっただろうが、木から滑り落ちる際に貫通した部分を何とか見たのでおおよその方角は分かった。迎撃がなかったことで生徒への手出しとコロせんせー暗殺の意思はなく、単にボンゴレボス護衛補佐としての立場に攻撃をしていると八割確信。更にその信用性を上げたくて、狙撃ライン上にカルマとメグが入る様に立った。勿論撃たれたとして私もリボーンも反応出来るので彼らに害は全くないが、危ないラインに変わりはない。それをカルマは見抜いていたが敢えて言わなかった。

「それで浦原さん。この赤ん坊は一体何者?まさかボンゴレファミリーの重要機密とか言い出さないよね?」

その対価がこの質問だろう。向けられたカルマの笑みの良い事ったらない。

「確かにそれは先生も気になるところですが、今はそれより優先すべきことがあります」
「「…こ、コロせんせー!!」」

簡潔に言って誤魔化すかと口を開きかけたのだが、急に近付いた気配に閉じた。その動作に眉を潜めたカルマへ笑みを向けたと同時に現れたコロせんせー。直後に邪魔されたと一瞬歪んだ彼の表情に思わず笑ったが、せんせーが差し出した触手が巻き付けている物体に私のみならず生徒全員が黙った。

「流石だなお前」
「いえいえ、それ程でもありません。ですが、世界的な殺し屋に褒められるのも悪くないですねぇ」

そう。職員室で食後のデザートを食べていたであろうせんせーが持って来たのは、多分私を撃った殺し屋。リボーンも場所が分かっていたし、このまま瞬歩で行こうと思っていたのだが、まさかだった。よく見れば身体はロープで拘束され口もガムテープで塞がれている。ご丁寧なことだ。
それを私の肩に乗りながら褒めたのは世界的殺し屋の赤ん坊だ。それに光栄だと応える辺り、やはりリボーンのことは'知って'いたのか。だとすると。

「ねぇ、せんせー。そいつが浦原さん撃ったんだよね。どこのファミリーか尋問していい?」
「待って下さいカルマくん。その辺の情報収集やその他分担して貰うこともありますが、一先ず浦原さんの怪我の治療が最優先です。今烏間先生に手配して貰っています」

正直いらないと思ったが、素直に頷いておいた。死神や死ぬ気の炎について全く話をしていない中で自己治療するのは色んな掟に触れそうでリスクが大きい。帰ったらどうにかすればいい。
カルマの楽しそうな笑みに全く無反応だった殺し屋を改めて見ると、確かに今までコロせんせーを殺しに来ていた雑魚とは明らかにレベルが違う。
リボーンが居る時点でこのことはまず間違いなくボンゴレへ話が行く。更に烏間に追求されることも間違いない。今後こなすことを想像しただけで頭が痛くなった。

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