「浦原さん。先生に何か言ってないことはありませんか」

彼女は完璧に溶け込んでいた。
本校舎の元A組で中ぐらいの成績を収め、だが繰り返す校則違反と勉強をする風紀を乱しているという理由でE組に落とされたという良くありがちな経歴だった。

『だって、スカートとか動き易い長さあるじゃん?カーディガンも学校指定のは窮屈だし。それに勉強に支障が出るから剣道やめろとか。家まで着いて来られそうになったことあってね』

勿論撒いたけどさ。そう言って笑った笑顔は屈託が無く、一発で好感が持てる人だと分かった。運動神経はよく、何より面倒見が良い。同い年でそんな表現がつくのもおかしいが、彼女は自分の目の届く人間に対して限りなく世話を焼く。でもそれは押し付けでもお節介でもなく、ごく自然に僕らの気付かない所でフォローをしてくれるという部類のモノで、委員長の片岡さんの姉御肌とはまた異なったモノだ。剣道の腕も相当良い。らしい。伝聞が付くのはクラスの誰もが見たことがないから。どうやら一般の大会などに出場はしていないらしく、だけどその腕は道場の師範も唸らすモノ、というのが知らない間に蔓延していた。でもそれは十分に事実に近いことだと何故か直感的に理解していた。それに毎日彼女は濃紫色の袋に包まれた細長い棒状のモノを持っている。帰り道か行きがけか知らないが道場へ行っている証拠だろう。今まで行ってきた暗殺においての立ち位置は中距離援護タイプ。前線に出て攻撃を繰り出すことはなかった。烏間先生の体育の時だってそうだ。体術は中の上。武道の心得があるからもっと出来るかと思っていたのだが、彼女曰く、

『何、渚。意外って顔してるよ』
『いや、ごめん。だって、』
『獲物が短すぎる。感覚が掴み辛いのよ』

らしい。それで何の疑いもなく納得してた。いや、何を疑うところがあるか。不自然さは何もなかった。

だから、目の前の光景に頭がついていかなかった。

歴史の時間全部ではない。江戸時代に入った辺りからどうも集中力に欠いた感じだった。それも開国に近付くにつれて段々と窓を眺めるようになり、度々センセーに注意されていた。そして今日、遂にキレた。

『いいですか!浦原さん!幕府は、地球の人間の命を守る為にこの条約を結んだのですよ。江戸幕府が地球上全員の命を救ったのです。日本人が誇るべきことだとおもいませ、』
『成る程確かにそういう解釈もあるだろう。だが、実際結ばれたのは幕府のトップである征夷大将軍を天導衆の傀儡人形とし、侍から魂と言える刀を奪い、未知の生物に情けなくも頭を垂れる不平等条約だった。代わりに与えられた進みすぎた文明に、腰の重みを忘れ、誇りも忘れた侍の落ちぶれ様。それを見た未だ矜持を持ち続ける侍がどれ程悔しかったか。今の時代一体誰が理解出来る。分かったような口を利くな。分かったように"あいつら"を語るな』

何を、言っているんだろう。途中までは開国の際に結んだ条約に関して先生とはまた違った解釈を述べているものだと思ってた。自分の目で見ずに誰が残したのか分からない言ってしまえば曖昧な記録を読まされている側にとって、様々な解釈が生まれるのは当然だ。でも、浦原さんのは途中から違和感を覚えた。まるでそこに居たかのように聞こえ、本当に怒っている様に感じたのだ。だけど考えられたのはそこまでで。
そう嫌に静かに言い切った直後、浦原さんは教卓に座っていた。
アレなんで?と考える間もなく、彼女の右手に握られていた長い棒状の物が迷いなくセンセーの首を捉えた。あの時程殺センセーの驚いた表情を僕らは見たことがない。どうやらそれは対センセー用の刀だったようで、少し食い込んで若干溶けたところで今度はセンセーの姿が消えた。そう。止めたのでも反撃したのでもなく、消えた。これでも十分に僕らは驚いたのに、少し遅れる形で浦原さんの姿も消えた。そして、僅かに聞こえた布擦れの音に教室後方を振り返ると、二人がいた。いつ刀を振り下ろしたのか既にセンセーは洋服越しに白刃取りをしていて、彼女の左手から更に出されたナイフも防いでいた。使えないと瞬間的に判断したのかナイフを手放した浦原さんが何かを呟いた次の瞬間にセンセーがまた消えた。次の行き先はどこだと僕らが首を巡らせるまでもなく、教壇からセンセーの息切れが聞こえてきて、同時に手で抑えられた首から溶けた黄色い液体が零れ落ちているのが見えて。信じ難い出来事に全員が唖然としている中、ふと一つ溜息が聞こえて再び後ろを振り返る。すると、右手の刀をいつの間に持っていたのか鞘へと収めながらこう言った。

『だから言ったでしょう。歴史は嫌いだって』
『『『『………………いや、嫌いってレベルが違ェーよ!!』』』』

なんだよ今の!?内緒。内緒で済む問題かよ!?
色んな声が飛び交う中、センセーが漸く声を発した。それが冒頭だ。今まで良くも悪くも中間的位置にいた彼女の実力が実はとんでもないモノだった。実は居眠りをして夢なんじゃないのか。いつの間にか殆ど立ち上がっていたクラスメイトは殺センセーの言葉に浦原さんを見た。

「ありますね。一つ二つ程」
「…なるほど。ところでそれを今、ここで説明出来ますか」
「出来ます。…出来る。が、受け留めるだけの柔軟性があるかどうか。私はそこが一番の問題だと思うが。どう思う」

烏間。
それが烏間先生を指しているということに暫く時間が掛かった。直後先生が後ろのドアから入って来て、苦々しげに浦原さんを見た。

「…物事には順序というものがあるだろ」
「いやいや。何事もノリとタイミングだろ」
「ノリで今のをやられた側にとってはたまったもんじゃない」
「その言葉、私を引き込んだ貴方にそのままお返し致す」

一体なんの話をしているのだろう。それにまるで同僚の様に会話を交わす様子に益々混乱してくる。飄々として笑う浦原さんと、頭が痛いというように手を当てて溜息を吐く烏間先生をただ見ることしか出来ない。殺センセーもどうやら状況が分かっていないらしく、一度目をぱちくりとさせて二人を見ている。

「あー…今更で悪いが君らに言ってなかったことがある」

というより、最後までバラすつもりはなかったんだがな。
そうぼやきながら烏間先生の左手が浦原さんに向けられた。

「しほう…浦原は元より椚ヶ丘中の生徒でもなんでもない。世界最大を誇るボンゴレファミリーの一員。つまり、平たく言えばマフィアだ」

そう言った烏間先生の言葉が宙に浮いている。やや遅れて大絶叫となったクラスの中で、今日はビックリすることだらけだなと呑気に思ってしまった。

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