イリーナのお色気には相変わらず驚かされる。一度そんなに凄いのかと疑って話のついでに試しに私にやってみろとけしかけたら、

『…っちょ、や、ごめん。疑って悪かった。…ゃ…だから!!ごめんってイリーナ!!』
『フン。分かればイイのよ。分かれば』

危うくヤられかけた。どういうシチュエーションかはご想像にお任せするが、別校舎にも一応ある保健室のベッドでカーテンを閉め切って。突然腕を引かれたかと思ったら気付いた時には、半分くらい脱がされていて、彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。私の頭も正常に作動しなくなっていたが、醸し出す雰囲気には全くもって逆らえない。というか逆らうという概念がなくなっている。その時は偶々廊下の近くで寺坂組が騒いでいる声が耳に入って来たので何とか戻れたが、あのままだったら確実に喰われていた。女であることを最大限活かすことに関しては恐らく右に出る者はいない。
それを目の当たりにしながらホテルの一階をやり過ごした私達生き残り組は、二階のとある場所にいた。取り敢えずまぁ戦況を一言で表すなら、寺坂馬鹿野郎だ。何も言うことはない。

「ちょ、浦原さんそんな呑気に構えてる場合!?烏間先生動けないんだよ!?」
「そんなの烏間…先生が抗体を持っていないのが悪い」
「持ってるワケないじゃん!?」
「…そんなに焦るなら渚。烏間先生を復活させられないこともないよ」
「え!?」
「毒を以て毒を制す、という言葉を知ってる?」
「「「「「「やめて!!!」」」」」」

何故か主犯の男にまで制止をかけられたが、まぁ意にそぐわないやり方ではあったので小瓶をしまうと、一歩前へと進み出た。恐らく烏間がやられたのは筋弛緩系の麻酔薬に近いものだろう。額の汗はそれでも無理に動いたり動こうとしている故のものであり、バイタルは今の所は安定していて、その他の異常は認められない。また厄介なモノを被ってくれた、と内心大きく溜息を吐くと、前のブサイクを見た。ちなみにこいつがウェルカムドリンクを配ったヤツらしいことはさっき不破さんがコナン君の様に解き明かしていた。

「しょせん他はガキの集まり。お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ」

どうにかその気持ち悪いニヤニヤを止められないものか。鳥肌が立ったのを確認しながら更に歩を進めると、若干奴が怪しんだのが分かった。まだ警戒するか否かを決め兼ねている段階だ。今なら、容易に'落とせる'。

「その慢心が、敗北を招く」
「…は、… ?…」
「【白伏】」

ブサイクの後ろには退路を塞ぐ為に生徒達がいる。強い霊圧を当てる手段は使えないし、第一それだと不自然しかない。ので、本来はする必要もない肩に手を置くというオプションを付けて、緩めの白伏をかけた。勿論そこまでは歩いて行ったし、言霊は誰も聞き取れないレベルで耳元で囁いて小声にした。直後、崩れ落ちたブサイクに全員が唖然としたのが空気で分かった。

「…殺したのか」
「冗談。沈黙の掟に触れるか否か定かではない人物だ。復讐者のお世話にはなりなくないんでね」

一応脈を確かめていると烏間からそんな一言を貰ったので、そう言って笑う。そして渚の持つころセンセーを見てそれにと付け足した。

「殺していいのは貴方だけでしょう、ころセンセー」
「ヌルフフフ。大正解ですよ、浦原さん」

顔に○印を浮かべて笑うころセンセーは満足気だ。それに周りで呆然としていた生徒もやや安堵した様にホッと息を吐いたのが分かった。暗殺対象とは言え、この半年で積み上げてきた信頼関係はかなり強固なモノになりつつある。生徒達にとって彼の言葉は絶対だ。筋が通っているし、何よりこの年代でも十分に理解し易い様に伝えているのがよく分かる。しかも頭ごなしに押し付けるのではなく、訴えかけ、生徒にも考えさせ、納得してから飲み込める様に。それは先生と生徒という関係の教室内では正に理想的な信頼関係であろう。だが、最終的には標的と暗殺者という関係で終わらなければならない。今は毎日の様に暗殺を仕掛けているが、それは意識の本当に奥底にあるコロせんせーなら避けるだろう、まさかこんなのでは死なないだろうという期待から出来ているものだ。普通だったらこれだけ親密になっている相手に刃を向け、殺そうなんてこんな子供に出来るはずがない。そして恐らくヤツはそれら全てを分かった上でこの教育をしているし、自分を殺せとも言っている。私はこの教室にヤツを殺すことを目的として入ったワケだが、その意味はよく分かっている。生徒達は仮にころセンセーを殺れたとして、その瞬間は達成感と地球を救ったという壮大な事実によって歓喜するだろう。だが後に、親しい先生を殺してしまった、勉学だけにとどまらずヒトとしての形を教えてくれた教師を殺してしまった、という罪悪感に苛まれ続けるのはほぼ間違いない。
だから、追い込みはやらせたとしても最後の最後、とどめだけは私が殺る。
それがいくら彼らに恨まれようと、いいとこ取りだと罵られようとも。彼らの未来を考えたら些細なことだ。勿論、その過程における人殺しの場面だって見せるワケがない。
ころセンセーの指示でブサイクをグルグル巻きにしている生徒達を見ながらそんなことを改めて思う自分は、果たしてヤツを殺れるのかという不安は今の所はない。

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