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きょじん。


「…あ、起きたー?私分かるー?見えるー?」

何かぼんやりとした思考の渦に飲み込まれていたような感覚からふっと引き戻されると、視界に黒縁眼鏡が飛び込んで来た。真選組内に眼鏡を掛けてる人はいるけどこんながっつり黒縁っていただろうか。いや、そもそも私の部屋に堂々と入ってその上顔を覗き込むなんてそうそう出来る事ではない。一体誰だと体を起こそうとして、気付いた。

「…貴女、確か…ハンジさん、でしたっけ?」
「ぇえ!?良く覚えてるね!!その通り!私はハンジ・ゾエって言うんだ!」

此処は、真選組の屯所でも、浦原邸でも、万事屋でも、それどころか江戸でもない。
端座位になった所で黒縁眼鏡の持ち主に声を掛ければ驚いた様に目をパチクリさせながら騒いでいる。私があの小柄な男に一先ず命拾いしたなみたいなことを遠回しに言われた直後、急に現れた人間だ。ここら辺はもういねぇ撤退だハンジ、と言ってた記憶が残っていたのだがどうやら間違いではなかったようだ。

「…私は、四楓院名前と言います」
「しほーいん?随分と変わったファーストネームだね?どこの区出身なの?」

変わった…ファーストネーム?
苗字と名前が逆転してるなんて一体何処ぞの外国……あ。

「申し訳ありません。名前・四楓院です。四楓院はファミリーネームの方です」
「あ、そうなんだ!じゃあナマエだ!」

カタカナで呼ばれたような気がするが何故分かるかと言えばそこは人の不思議だ。ていうか、この人はさっき区という言葉を発したと思う。普通出身地を聞くなら'どこ'ということだけに留めれば充分なのに何故だ。

「でさ、ナマエ。もう一度聞く様で悪いんだけど、」

君何処の区、出身なの?
そして今、起きた時から何か変だと思っていたハンジの雰囲気の正体が分かった。
この人は私を調べたんだ。
何故か分からないが言語コミュニケーションは最初からとれていた。私が急にフランス語だかドイツ語だかを話せるようになったわけでは無い。きっと彼女とあの小柄な男が日本語を話せるのだろう。それを考えれば私の国の文字も読めるだろうし、警察手帳も読めるだろう。そこで見つけた名前を頼りに住民票を探したが見つからず。少し不審になって問い詰めた、という所か。

「ハンジさん。私は、」
「オイ、クソメガネ」

此処の国の出身ではないのです。と言う言葉は突然勢い良く開かれた扉と冷たい声色によって遮られた。クソメガネと何処ぞのメガネ掛け機と同じような呼び方に反応したのはハンジさんで、彼女は何故か小柄な男の刃の餌食になりかけている。そして、そのカッターナイフの様な刃を見た瞬間、この国のありえない巨大生物が一気に蘇り、同時に自分の考えがおかしいことに気付いた。
此処で聞きなれない名前、更には明らかな東洋系の顔を見れば私が外国人というのは明白だ。なのにこの人は、区と言った。何処の区出身なの?と。最初からこの国内にいるのが当たり前かの様な問いかけだった。しかも彼女が日本語が読めるだって?絶対にそれはない。そうしたら名前を聞かなくとも既に私の名前が奇妙だということは分かっている筈だし、ファーストネームファミリーネームのくだりはもっと早くに彼女が切り出していた筈だ。それに真選組の警察手帳には自分の現住所、血液型その他諸々記してある。もし日本語が読めるならば態々私に聞く必要なんて、ない。
ベッドサイドのテーブルの上に置かれた隊服のジャケットと警察手帳、手錠、拳銃を見て眉間に皺が寄って行くのが自分でも分かる。

「……一体…此処は何処なんだ…」

そう呟いた次の瞬間、私は反射的にベッドから飛び退いていた。片膝を立てて降りた場所は開け放たれた窓の淵。無意識に引っ掴んだジャケットその他諸々を片手に先ほど迄自分が座っていたベッドを見て、少し血の気が引いた。

「…普通、寝起きの女子にノーモーションでカッターぶっ刺しますか」
「普通、寝起きの女は今の攻撃を平然と避けて窓の淵に座らねぇ」

頭が痛い。こいつの声は否応なしに巨大人間との戦闘を思い出す。そして思い出せば出す程にリアルにあの情景が蘇る。腕や足や身体中の骨がパキパキと音を立てて、巨大な口へと飲み込まれ、或いは丸呑みにされ、腕を千切られ、足を折られ、内臓は飛び散り……

「まず、助けて下さったのにはお礼を申し上げます。あのまま戦っていれば間違いなくガス欠で喰われていました」

何を考えているんだ。死神ともあろう者が見ず知らずの人間の死を悼むのか。非情だと、化け物だと、一緒に泣き叫ぶのか。

「…まず?」
「察しが宜しい様で助かります。私が問いたいのは此処に連れて来られ、牢ではなくベッドで寝かされているという優遇にも近い措置を取られていることに関してです」

お前は何だ。このリヴァイと呼ばれていた小柄な男の口からは確かにそう出ていた。私に対して警戒している証拠だ。それに対して人だと言えばカッターを向けられ、更には私の発言一つにも反応した。その上、彼は私が宙に立っているのと鬼道も見ていた筈だ。なのに、何故手錠もかけず兵士の見張りもなく、起きて見ればいたのは女一人。どう考えてもおかしい。
そんな私の疑問にリヴァイはカッターを収めると、ベッドへと腰をかけた。

「無駄だろ」
「…は?」
「仮にお前に手錠をかけ、牢屋へブチ込んだとしても、それは意味をなさない。違うか」

驚いた。
確かに彼の言う通り私にそういう類のモノは通じない。手錠は霊圧で壊せるし、牢屋なんて鬼道でもあれば簡単に脱出可能。私を本気で拘束したいのならば霊圧を封じ込めなければ無理だ。だけど、そう分かっていても形だけでも入れておくのが普通だろう。なのにそれをしなかったこの男の奇異な判断に思わず目を見開いてしまった。
が。

「…いや、違うな」
「…何?」
「貴方ではない筈だ。その判断はどなたが下したのですか」

今度は彼ら二人が驚いた様だ。そのうちの冷徹な視線だけを寄越し私を睨み続けていたリヴァイは目を見開いて驚きを表していたが、次の瞬間には元に戻り、扉の方へと顔を向けた。

「読まれてるぞ、エルヴィン」

その言葉のやや後に静かに開いた扉から現れた男を見て、確信した。この男は確実に組織のトップに立つ者だ。立ち振る舞いだけでそれが現れる者も珍しいが、こういう最もな人が組織を牛耳っている姿を見るのは久しぶりなので思わず凝視してしまった。何せ、尸魂界では総隊長以外あの変わり者集団。現世に至っては人を疑うことを知らないお人好し局長に、娘大好き叔父さんにブリーフ将軍。まぁ、それぞれ人の上に立つのに向いてないこともないが、癖がありすぎる。

「この二人の上司に当たる、エルヴィン・スミスだ」

自分の組織や役所を安易に言わない所も流石だ。そして今ので確信した。この人は私が何か変だと言うことに気付いている。さっきも言った様にハンジは私へあたかも国内にいるのが当たり前、という問い掛けをした。それならばこのエルヴィンという人物も態々組織名や役職名を隠さずとも良いだろう。知っていて当たり前のことなのだから。なのに敢えてこの人は言わなかった。現に部下二人は怪訝な顔をしている。

「……名前・四楓院です」

相手が名乗ったのだから一応はそれに倣おうと窓の淵から降り、ジャケットを着直すと頭を下げた。上げた所に彼の右手が差し出されていたので、躊躇いながらもそれを握り返そうと手を伸ばすとそれより先に別の腕が私の腕を掴んだ。

「テメェ、何しようとしてんだ」
「なんだ。お前は案外心配性だったんだな、リヴァイ」
「話してあるだろ。こいつの奇怪な攻撃については」
「こればっかりは自分で見ないとどうも信じられなくてな」
「ふざけるな」

よく警戒している。得体の知れないモノを部屋のベッドに寝かせる優待遇という失態以外は結構いい警戒の仕方だと思う。ちゃんと私の手は床に向けられている。だけど、これでエルヴィンが組織にとってかなり重要な、且つ人に従う様に見えないリヴァイも信頼を置く人物だとバレてしまっている。そこは迂闊だ。そして、そこまで強く腕を握り締めなくてもいいと思う。痛い。折れそう。

「っ、ちょ、何して…」
「黙れ。前を向け」

なんて思ってたら両腕を取られて後ろで一まとめにされた。リヴァイが後ろに回った形になったのだが、急にやるもんだから結構痛かった。後ろに顔を向けながら不満を漏らせば当然だと言う様な顔をしてらっしゃる。ふざけるな。痛くて涙が出そうだ。

「急に手荒なマネをしてすまない」
「いえ。当然の処置でしょう。寧ろ、これぐらい警戒してもらわないと貴方の普段からの指揮系統に疑問どころか不安を覚えます」
「…それは、」
「どういう意味だ、ですか。本当に疑問に思ってらっしゃるならばお答えいたしますが、後ろで睨み殺そうとしている男から聞いているのでしょう。私の思考回路についても」

腕を握る力が強くなったのは気のせいじゃないと思う。それに殺気が漏れ始めている。ハンジがごくりと唾を飲んだのがそのいい証拠だ。

「…いくつか、質問に答えて欲しい」
「はい、どうぞ。何でもお答え致しますよ」
「出身区は」
「尸魂界西流魂街1区潤林安郊外」
「仕事は」
「真選組。謂わば現世の警察ですかね」
「地位は」
「副長護衛兼補佐」

ハンジは最早開いた口を塞ぐことを諦めている。リヴァイの表情は見えないが眉間の皺の本数が増えてることは間違いない。そしてこの目の前にいる男だが、一切表情を変えない。最初から嫌な感じはしていたのだが、やはり厄介なタイプだ。

「君が昨日戦っていたモノの名前は分かるか?」

喜助か。
反射的に出かかった言葉を何とか飲み込んだ私を誰か褒めて欲しい。認識と考えが間違っていなければエルヴィンの指す"モノ"とは、間違いなくこの世界では一般常識であろう。そのモノに対する策ばかりか、それを倒す為に整えられた組織があり、今私がいる建物から考えてもこの世界で恐らく相当な地位の高さにあることが伺える。なのに、それを知らない私を簡単に受け入れることなど出来ようか。真っ当な人間ならば恐らく今のお口あんぐり状態のハンジの様な反応を見せ、恐らく否定する。そんなことはあり得ない、と。だが、幸か不幸か、この場には、吟味した末であろうが、その状況しかあり得ないとなった時にありのままを受け入れられる柔軟な頭を持った人間が二人もいる。しかも片方はそこから推測される事柄までをも既存の事として動く度胸と自信を兼ね備えている。まるで喜助の様だ。どの世界にも一人喜助がいる仕組みになっているのか。

……いや。ちょっと待て。

私は今何を思った。何故"世界"という言葉が出てきた。それではまるで今私のいる場所が江戸とは異なる世界だと言ってるようなものではないか。

『平行世界ってご存知ですか』

数日前の本物の喜助の一言がふと蘇る。自分のいる世界と時間軸が平行に走っている世界のことを指すらしい。最近の浪士達の動きと行方不明者数の多さを考えると一つの可能性として上がってきた仮定だ。その時は迷信でしょと言って真子と笑ったが、実際こうなると笑えない。可能性としては高すぎるぐらいだ。

「ナマエ?どうした?具合が悪いならまた後で、」
「い、いえ…それより貴方のご質問を。え、っと…」
「昨日、君が戦ったモノの名前だ。分かるかな?」
「存じあげません」
「……そうか」

そうだ。大体こんな人を喰う様な生物がいたら江戸にもニュースが入って来るだろう。○○という国で危険な生物が出没しました、とか言って。それに殺人や事故など以外の死因なら間違いなく尸魂界が乗り出している筈だ。私達が逃亡する前にはそんな話題は上がっていなかったし、今もこの周辺に死神の匂いはしない。
此処は、平行世界なのか。
だが、それを決定付けるにはこの世界の状況を知らなさすぎる。より詳しい情報が欲しい。

「私はリヴァイ…君の後ろにいるその男から、空中に浮けると聞いているのだが、本当か?」

私の返答に暫く黙り込んでいたエルヴィンが不意にそう言って来た。足元の霊子を固めてそこに立っているので厳密には違うのだが…なんて、屁理屈っぽいことを考えていると不意に自分のお腹に手が回った。へ、なんだ。まさか抱き付いて来てんのか気持ち悪い急にどうしたやめてくれ。そんな言葉が出るより先に私の身体は見事なまでの浮遊感を伴って後ろへ放り投げられた。

「……うわー、綺麗な青空」

じゃない。
浮遊感の正体は窓枠を通して外へと放り投げられた証拠で、私は綺麗にそこを通り抜け空中にいた。ていうかこいつはどんだけ腕力凄いんだ。リヴァイより少し高いぐらいの身長で体重に関しては男女の差で私の方が軽いだろうが、それにしても人一人を放り投げる事など可能なのか。勢いを殺す為に空中で踏み止まりながらその馬鹿力具合に若干呆れていると、建物方からリヴァイの声が聞こえて来た。

「どれぐらい立ってられんだ」
「いつまでも」

そう応えながら飛ばされた部屋へと歩いて戻り窓枠へ足を掛けようとして思わず足が止まった。エルヴィンの顔は相変わらず何を考えているか分からない無表情でリヴァイに至っては最早何も言うまい。笑ったことあんの、こいつ。だが、問題はハンジさんの顔だ。満面の笑みで満たされている。そしてその目は何かおかしい。なんて言うか、単なる危ない人だ。何、私食べられるの?おいしいの?

なんて考えて、自分の顔が無意識に引き攣るのを認識した時、とんでもない言葉が耳に滑り込んで来た。






「ナマエ。
私が率いる組織…ー調査兵団に入ってくれないか」







……え、今なんて言うたこの人。
私の耳が腐ったのか?いやいやいや。嘘だろ。こんな得体の知れないヤツをどうして入れようなんて思う。手からカメハメ波出るんだぞ。宙に浮くことに関してはあんたバッチリ見たじゃないか。とんでも人間だろ。何だその誇らし気な顔は。何も誇れるモノねぇよ。寧ろ何故私が生きて目覚めたのか不思議なぐらいだったのにコイツは途中からその真逆と言っていい事しかしていない。ワケが分からない。前言撤回しよう。コイツは喜助ではない。浦原隊長はこんなに不用心ではない。


余りにもぶっ飛んだ考えに再び足が止まり、窓枠に足を掛けたままエルヴィンを凝視してしまった。

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