今、いる世界。肆
本当に、なんとなくだった。
何となく気になって、何となく資料室へと向かって、何となく僅かに開かれた資料室の扉から中を伺った。
それが間違いだったのか、それともそうではなかったのか。
俺には定かではないが、明確に分かったことは俺が聞いてはいけない会話だった、ということだった。
『…え、名前ちゃん一人で?』
『ええ。今日は平子真子様達は外に出られませんから』
『だからって、喜助さんとか夜一さん…あ、鉄裁さんもいるじゃないか!』
『いえ。平子真子様達の虚化を抑え込むのには浦原喜助様、四楓院夜一様、塚菱鉄裁様の三名でないと不可能なのです。実際はそれでも厳しいぐらいです』
『……名前ちゃんは何処に行ったの?』
『それは、残念ながら。退様にも教えるなと主から言い付けられております』
『そんなこと言ってる場合!?だって神楽ちゃんと新八君は別々に…』
『退様。まさか主の実力を疑っておられるのですか』
一体、こいつらは何を話しているんだ?
途中まではまだ理解出来た。四楓院の口調が堅かったが、そういう時もあるだろうと。だが、途中から明らかにおかしくなった。あいつは決して浦原を様付けして呼ばねぇ。皮肉めいた話でも無い限り。しかも山崎までもそう呼んでるのを聞いた時はこれは何かあると思った。そして、決定打が山崎の一言だ。名前ちゃんは何処へ、と本人を前にして言うか?言わねぇだろ。それに主という単語も聞こえてきた。
何が何だか、頭が混乱してきた。
そしてそんな中、不意に殺気を感じて反射的に刀へ手を伸ばすとその手を掴まれた。
『盗み聞きとは行儀悪ィや、土方さん』
『総悟…』
一瞬、四楓院かと思って焦った。笑って静かにしろと言わんばかりに人差し指を口に当てる総悟を見て思わず息を吐いた。それにしても抜く前に手を抑えられるとはどれだけ動揺しているのか。自分に少し呆れていると、再び声が聞こえて来た。
『…退様。力付くで、などと馬鹿なことをお考えにならないで下さい』
『どうしても、教えてくれないの?』
『これは、貴方の為でもあります。それに、いくら私が義魂丸であるからと言っても人間に負ける程弱くは…!?』
『え、ど、どうかした?』
まずい。これは本格的にバレたか?
ここから中の二人の姿は見えない。気配も極限まで消している。だが、万一もあるだろうと思って咄嗟に刀へ手を伸ばしたが、またしても総悟に止められた。
どうして止めるんだと言って横を見れば、何故か不敵に微笑む総悟。しかし、それは正解だったと分かった。
『……退様、事態が変わりました。散々突き放した後で申し訳ないのですが、ご協力お願い出来ますか』
『勿論だよ。でも、何がどうなったのか。これは教えてくれるよね?』
『………銀時様が命の危機に瀕しているようで、我が主、名前様が急遽変更してそちらに向かいました。退様には本来主が向かうべきだった神楽様の方をお願い出来ますか』
『分かった…で、場所は?』
『主はかぶき町一番街の針小橋、退様はコレを持って港へ向かって頂けますか』
『これは…何かのメモリ?』
『はい。それを持って港近くの空き家に潜み、最初に貴方の肩を叩いた者にそれをお渡しください』
どんな指示だ。
あまりにも理解し難い情報満載の会話にそろそろ頭も限界を見せた中でのツッコミに自分を褒めたい。だけど、そんなことを思って息を吐いた瞬間、唐突に二人の気配が消えた。
『な、…何処に…』
『外、らしいですぜ』
『何で知ってんだ』
『何でって、今さっきザキとニセ名前が言ってたじゃねぇですか。では退様、外へ出ましょう。って』
『んなんで分かるか。なんで消えてんだよ』
『それが、"あいつら"の基本的な移動方法だからじゃないですかィ?』
完全に気配がなくなった資料室へと体を滑り込ませ、確認したが既に誰もおらず。狐に包まれたような感覚に陥っていた中、総悟が淡々と答える様子に眉が寄った。
『…お前、何を知ってるんだ』
『土方さんは名前の身のこなしに違和感を覚えませんでしたか』
『そりゃあ、まぁ…だがとっつぁんとも面識があるみてぇだし、ただ腕が立つヤツだと…』
『ただ?土方さん。アンタ大分頭が緩いですぜ?』
大分前から何処か違和感を覚え、何処かズレていると思っていた。それの疑問が最高潮に達した時、まるで見計らったかのような浦原の登場により納得させられ、うまく交わされていた。その後は奴の言葉がやけに残り、多少ズレたとしても何となく自分を納得させて来た。だが、今さっきのワケの分からない会話を聞き、更に山崎や万事屋連中は全てを知っているらしく、その上何も知らないと思っていた総悟の分かったような口ぶりに一気に怒りが込み上げ、気付いた時には、総悟の胸倉を掴み上げて壁に押し付けていた。
『漸く気付きやしたか、自分の無知さに』
『…さっさと答えろ。お前は何を知ってんだ』
『それは、』
自分で確かめて下せェ。
その言葉が聞こえたか聞こえないかぐらいの時には何処かへ体を投げ出されていた。
『っ、痛…何が、どうなって…』
急に視界は暗転し、体は容赦無く投げ出され、無様にも尻餅状態で着地した場所は何故か河原。取り敢えず瞬間移動の謎は置いといて、あいつはいつからワープを使えるようになったんだと顔をしかめて立ち上がる。が、次の瞬間聞こえた爆音と鈍い金属音に迷わず足を走らせた。
そこで、俺は見てしまった。
『久しぶりだねぇ、嬢ちゃん』
『…今迄の辻斬りは全てお前か』
『嬉しいねぇ、俺の霊圧とやらを覚えてくれていたのかい?』
『誰に教わったか知らないが、現場にワザと残るようにしていただろ』
『流石だ。やっぱり危険を犯しても連日で斬った甲斐があったってもんだ。
…やっと、本気でヤりあえる』
恐らく今回の顛末の犯人であろう。紅い、刀と呼べるか伺わしい刀を持つのは岡田仁蔵。そして、それに対峙し、戦場にはとても似つかわしくない綺麗すぎる薙刀を持つのは四楓院だった。彼女から出る雰囲気は今まで見たことがなく、凄まじく強大なものだった。それに話し方も何処か違う。
だが、どんなに見た目が違っていても、あいつの背中は変わっていなかった。
…護るべき者を背負うその背中は。
そして、争いが終わったその場から屯所へと戻った。ちなみに総悟は超能力者でもなんでもなく、どうやら前に本当に非常事態になったら使えと名前から渡されたモノをフルに活用して、ニセ名前と山崎から気配を完全に隠し、俺を名前の元へと送ったらしい。
『四楓院、いるか』
そうやって総悟の話を聞きながら一日中考えていたのだが、不意に何やらあの河原の戦闘の時の雰囲気を覚え、あいつが帰って来たのかと襖越しに声をかければ、やや疲れたような顔を浮かべて俺を部屋へと招き入れた。その顔は完全に俺を信じているものだった。浴衣で武装していることに何やら疑問を持ったようだが、まさか俺に吹っ飛ばされるとは思っていなかったらしい。綺麗に中庭まで吹っ飛び、唖然としているヤツに刀を向けたのだが、案の定、止められた。だが、それは素手で。しかも指先一本で。あまりにも頻繁に行われていたその行為は一瞬慣れたもののように見えていたが、普通に考えればどうにもおかしい状況だ。会話をしていくウチに分かったのは全てを隠し通せたと思っているらしいことだ。しかし、それを見て自分の感情が思わぬモノに支配されて行くのが分かった。
そして、気付いた時には刀を下ろしていた。
「………いい加減、隠すのをやめろ」
多分、その時の名前の驚き顔は一生忘れないだろう。だが直後、諦めたような苦笑いを零し、頭を下げた名前は、自嘲気味に呟いた。
「…今、いる世界…か」
(悲しみ)
(何故、そんな感情を抱いたのかは)
(後先にも分からない)
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