隠し子。
「オイ、行ったぞ」
昼間の長閑な商店街。そこを、明らかにカタギではない帯刀した男たちがバタバタと殺気立って通り過ぎて行った少し後。道端に座り、物乞いをしていた僧が不意にそう呟いた。だが、それに返事がないことを不審に思った彼は隣を見ると少し声を強めて言った。しかも、
「………行ったと言っている」
…みかんの空き缶に向かって。
頭がおかしいんだと思う。そもそも追っかけられていたクソ忙しい時に『ならばここへ隠れるがいい』と空き缶を差し出すコイツに殺意を覚えないヤツなどいるのか。勿論私達はこの馬鹿が座る後ろの板の裏側に隠れた。
「行ったと言ってるだろうがァァア!!」
「んなトコ隠れられるかァァ!!」
ついにはみかんの空き缶を手に持って覗き込むように怒鳴ってきた。それに銀時が木の壁を乗り越えながら全力でつっこんでいる。あ、なんだ結局そっちに隠れたのか。そんなことを言ってる彼の頭が本当に心配になってきた。そうやって内心色々思いながら赤ん坊を銀時に預けて自分も壁を乗り越えると、話は橋田屋の裏の繋がりに進んでいた。
「…パトロン?」
「つまりテロリストのテロ活動を裏で援助しているというわけだ。だが、商人は利益にならんことはやらん連中だ。援助する代わりに浪士達を闇で動かし、商いに利用していることは明らか」
「汚ねー仕事を請け負わせる用心棒代わりってわけか」
「実際奴の商売敵で消えた連中も少なくない。一商人とは思えん程の権力を有し、恐れられる男。それが橋田賀兵衛のもう一つの顔だ」
この馬鹿…桂小太郎は本当に良く知っている。まぁ自身も攘夷浪士だから当然なのだろうが、中には情報など目もくれぬ輩が多い。勿論、他の攘夷グループの情報ぐらいは頭に入れているのだろうが、ややこしく言葉的に漢字が多く出てくる情報は無意識に避ける癖があるらしい。そういう奴らがいると副長から聞いた時は、アホなのかと呆れ返った覚えがある。情報は命同然だということを分かっていないのだろうか。
「…イ。オイ、名前」
「ん、ゴメン。何?」
そんなことを副長にメールを返しながら考えていたら、銀時に呼ばれているのに気付かなかったようだ。画面を遮るように彼の手が視界に入って来たのを見て、謝りながら銀時を見上げれば若干困ったような目と合った。
「この辺に薬局とかねぇの?」
「薬局?…ああ、ミルク?」
「いや、違ェ。下の方は泣き虫らしくてな」
そう言って此方に突き出して来た赤ん坊は下の方が見事にビショビショで。あ、オムツか、と思って笑うと少し歩くけど向こうの方にあるよと答えれば、じゃあ早く行くぞと銀時は歩き始めた。
「……良かったのか?」
「何が?」
「ヅラのコトだ。はぐらかすんじゃねぇ」
「やだなぁ、はぐらかしたつもりはないけど…今から捕まえてもいいワケ?」
十分間に合うけど。
そう言って足を止めて銀時の顔を見ればその目は僅かに揺れた。
「…好きにしやがれ」
「あらら。可哀想に。嘗ての盟友にそんなこと言われて」
「いいんだよ、別に。ていうかあんなアホ、いっその事一度牢獄に入った方がいいだろ」
正直な人だ。口ではそんなことを言っているが、目は隠しきれていない。だが、彼はそれを分かっている。例え、私が桂を捕まえる気が全くなくとも銀時はそうは思っていない。彼には私の本心が分からないからだ。一応一年近く触れ合って来たが、喜助や真子などと幼少期を過ごして来た私の性格など普通の人と同じワケがない。故に一年やそこらの付き合いで正確に分かる筈もなく、加えて私と桂の戦力差も歴然であり、銀時が不安になるのも当然だろう。そうやって一頻り彼の心内を頭で巡らせてからふと笑うと、再び足を進めた。
「大丈夫だよ。捕まえる気は更々ないから」
「……大串君に減給食らっても知らねぇぞ。お前の顔、案外知られてんだからな」
「生憎お金には困ってないんでね」
「うわっ、出たよ。さすが税金泥棒は我ら下々の民と違うなぁ」
「攘夷浪士との内密な繋がり、逃走幇助、禁固十年以上、打ち首…」
「待て待て。お前だって人のこと言えねぇだろうが」
私の一言に一瞬驚いたような顔をしたものの、銀時は直ぐに私の後を追った。その声には僅かに安堵が見え、またもや正直者だと思わざるを得ない。
「…にしても。まだ読めない、か」
「…たりめェだ。お前の本心なんざ切迫詰まった時しか分かんねぇよ」
そういうもんかねぇ、そういうもんだ。そんな風に先程とは打って変わってのんびりとした会話をしながら着いた薬局の店頭にはオムツフェアと大きく書かれていた。
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