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風の中。参








その日の深夜もとっくに過ぎた頃。土方は眉間に皺を寄せながら屯所の廊下を歩いていた。
目と鼻の先にいた高杉はまるで煙のように姿をくらまし、結局捕まえることは出来なかった。沖田に何してんだよ土方ー責任とって死ねよ土方ーと言われたが、こんなんで捕まえることが出来るならとっくに高杉の首は飛んでいる。沖田もそれを承知で軽口を叩いていると分かってはいたのだが、日頃の鬱憤と直属の部下の謎な行動が相まって土方は迷わず山崎を殴った。そして、その謎な行動に対する部下の釈明も土方の眉間の皺を深くさせていた。


『何処行ってた』

『…………』

『…っ、…どうしても言えねェってんなら…』

『処罰はいくらでも受けます。クビならそれも甘んじて受け入れましょう。ですが。此だけは申し上げる訳にはいきません。補佐にあるまじき行為と充分承知しておりますが、どうかご勘弁を』


一年程前に自分の護衛として入隊してきた女。女性禁制というわけではなかったのだが、柄の悪さと総悟の行き過ぎる破壊行為によって真選組に女はいなかった。女中のおばちゃんを除いて。だが奴は平然と男だらけの屯所に足を踏み入れ、総悟をも上回る剣術によって何時の間にか真選組の一員として収まっていた。俺も何時の間にかアイツが補佐官として隣にいるのが普通だと思っていた。だが、偶に感じる距離と違和感に一種の不信感のようなものを抱いていたのも事実。だからこそ今回のことで問い詰めたのだが、返ってきたのは沈黙だけで、しまいには解雇されても厭わないと言う。それをきっぱりと言い切るアイツの目は、何かを隠そうというより、何かを護ろうとする目だった。それで結局、10日間の謹慎だけにしてしまう俺は甘いのか。自嘲めいたことを溜め息混じりに思うと、土方は懐を探って煙草を口に加えた。
その時。
庭の片隅から微かに足音がして、反射的に刀の柄へと手を伸ばした。自分の記憶が正しければ、今夜の夜勤は四番隊と高杉捜索の為に増やした七番隊だけ。それに夜勤と言っても市中見回りだけで、屯所の庭を見回るなんて馬鹿なことはしない。
侵入者、か?
もし高杉ならば煙草をくわえてなんて悠長なことは言ってられない、と思った土方が煙草を吐き出して鯉口を切った瞬間。

突如、背後に人の気配が迫った。


「おっ、とっと…」

「……て、テメェは…」


背後の気配は庭の隅にいた気配と同じもの。決して近いとは言えない距離ではあるが、一瞬で移動してきたかのような動きに驚いたのも僅かのこと。侵入者なら問答無用で斬って尋問、と迷わず後ろへ刀を突き出すも、手応えは感じず。逆に見知った顔が刀の先にあることに土方の目はこれでもかという程見開かれた。


「…浦、原…」

「こんばんはっス、土方さん」


両手を上に挙げて、若干焦ったような表情を浮かべるのは浦原喜助だった。自分の保護者だと部下に説明されたことがあるが、未だに拭いきれない不審感漂う男に土方の眉は潜められるばかり。目がギリギリ隠れる白と濃緑のストライプの帽子。濁った抹茶色の甚平に黒い羽織り。加えてからんころんと五月蝿く鳴る下駄。怪しくないと断言する方が難しい男だ。


「…どっから入った」

「玄関じゃないことは確かっスね。…貴方も、ご存知の通り」


刀の切っ先を向け、更に殺気も向けている。それに対し、喜助は焦ったように振る舞ってはいるが、実際は全く以て焦っちゃいない。欠伸でもするんじゃないかと思う程だ。土方はそんな彼に一つ溜め息を吐くと、刀を下ろして鞘に収めた。


「…あれ?アタシを斬るつもりで抜いたんじゃなかったんスか?侵入者は尋問だ、問答無用だって」

「なんで知ってんだよ。エスパーか」


顔に書いてありましたよーとのんびり言う喜助とは反対に、土方の目は怪しむように細められた。まぁ、当然と言えば当然だろう。玄関からではなく庭から訪問した喜助は単なる不法侵入者であるのだから。


「テメェの娘なら風呂上がりにガーゼ取り替えるって山崎の部屋にいるぞ」

「知ってます」

「ああ、そうか………って何で知ってんだよ」

「お風呂入ってる時から知ってます」

「おまっ、…単なる覗きじゃねェか!!」

「やだなァ〜覗いてたんじゃなくて、見張ってたんスよォ〜」

「それ覗きィィィイイ!!オラ腕出せ!現行犯で逮捕してやる」

「だったら貴方んトコの大将を逮捕してからっスよ。妙サンの為に対近藤避けセンサーを作る身にもなって下さい」

「……これからも頼む」

「取引成立っスね」


最早何の話をしているのか良く分からなくなったこの状況だったが、真面目な顔で握手をしていた二人の内、不法侵入者の方がところで…と人差し指を顔の前に立てた。


「貴方は非常に憤り、或いは苛立ちを感じてらっしゃいますね?」

「いきなり何だよ。つーか目的語がねェぞ、目的語が」

「……名前さんに、っスよ」


この男は本当にエスパーなんじゃないのか?
数分前の自分の思考回路を見事に当てられて、土方の目がいっぱいに見開かれる。それを見る喜助はいつもの妖しげな笑みを浮かべていた。が、何処か複雑そうな表情も入り混じっていた。


「…それが本当だとして、テメェはなんの為に此処に来た?しかも、不法侵入者として斬られても文句言えねェような方法で」

「貴方に僕は斬れませんよ。それに僕も貴方は斬れない」

「……試してみるか?」

「止めた方がイイっスよ。僕が貴方を斬れないと言ったのは実力的な問題じゃなくって、彼女に関わることだからっスからね」


彼女=名前、は間違いないだろう。だが、何を言いたいのかが良く分からない。どういう意味だと呟いた土方に、喜助は土方と握手をしていた手を離すと懐手をした。


「名前さんが真選組を…特に土方さん、貴方を大切に思ってるってことっスよ」

「…は?」

「貴方は一年彼女と一緒に過ごして来て、信頼というものが芽生えた。ですが、同時にそれと対極をなすもの、不信感を覚えた時もあった」


そうっスよね?と言ってニヤリと笑う彼は土方の頭の中でエスパーに位置付けられた。


「…それで、何が言いてェ」

「名前さんを信じてあげて下さい」

「…は?」


この返事と間抜け面は喜助と会話し始めてから二度目の使用だったが、そんなことを忘れるぐらい土方は驚いていた。
大体、今までの会話の流れからどうやったらこっちに来れるのか。喜助の切り出し方から考えれば、その不信感を拭う為に彼女の隠し事的なことを教えてくれる流れが普通ではないのか。

…―『喜助は普通じゃありません』

そう思ったと同時に過ぎるのは自分の補佐官の声。


「…普通じゃない、か」

「心外ですねェ…」

「テメェの娘からだよ」


その土方の言葉に喜助はアハハと困ったように笑う。しかし、それも直ぐに止めると真面目な表情に変わった。


「…土方さん。僕達は、彼女を小さい頃から知ってるんスよ。だから分かるんです。貴方達を必死に護ろうとしている、と」


土方は目を見開いて喜助を見た。それに喜助はただ微笑むだけで、そのまま彼は続ける。


「じゃなきゃ、本来全ての命を従うべき相手に“話せない”、と言う筈もありません。彼女も真選組に入る前、ある隊にいましてね。そこで部下とは何たるかをキチンと叩き込まれてますから、上官に逆らうが最後というのは分かってるんスよ」

「…ある、隊…?…」

「土方さん。貴方、今回彼女が何をしていたのか酷く気になさってましたよね?まぁ当然と言えば当然っス。経緯はどうあれ高杉と接触して怪我を負わされたんスからね」

「!…オイ、ちょっと…待…」

「だが、今回は高杉は全く関係ない。高杉は偶々通りかかっただけっス。そして彼女は簡単に言えば、真選組存続の為に動いていた」


急に饒舌になったかと思えばぽんぽんと飛び出して来る重要な話。そして終いには核心迫る一言。ただただ目を瞬かせる土方に喜助は一瞬笑うと、庭へと飛び降りる。そこで漸く土方は我に返った。


「オイ、待ちやがれ浦原。お前…」

「貴方にとって大切な局長と真選組。それを命を張って守った名前さん。土方さんもお気付きになってるでしょう。それが何を意味するか」


内容の所為もあったのだが、一段低い所から見上げるように言われて土方はぐっと黙る。それを見た喜助は帽子を取ると、軽く頭を下げてこう言った。


「…名前さんを宜しくお願いします」

























(…言われなくとも)

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