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風の中。弍








人気のない路地裏。夕暮れ時という薄暗い時間帯。後ろから抱き締められているこの態勢。首筋に刀さえなければちょっとしたラブシーンだ。久しぶりという台詞も入ってるし、昼ドラぐらいならいけそう。そんな場合じゃないか。


「首筋に刀はいいけど…腰に手、背中にべったりはやめてくれない?」

「なんだ。嫌か?」

「逆に聞くがお前はコレが好きなのか」


ああ、と短く答える高杉は本当に何を考えているかよく分からない。真選組と攘夷浪士。死神と人間。決して相容れない存在同士だ。わざわざ近付く意味も分からないし、藍染と手を組む意味も分からない。


「…なにしに来たの」

「会いたくなった…じゃ駄目か?」

「冗談言うな。自首しに来た、の間違いでしょ」

「お前がまともに戦える状況ならな」

「じゃあ自首しに来たんやな。今手錠かけたるから両手出し…!?」


言葉の途中で急に体が引っ張られ、何か固い物が背中に当たった。あ、壁か。そう思った時には両手首を纏めて上で押さえつけられていて、まるで男が女に迫っているような図が出来上がっていた。


「…何がしたいの、コレ」

「聞くか?普通」


そう言いながら顎を掴まれ、頭がやや上を向かされる。高杉の隻眼と目が合ったが、その目に狂気染みた色がないことに気付いた。
やばいかも。
殺すつもりならそれなりの対応は出来るし、相手が仕掛けて来た時に色々反撃すればいい。だが、18禁に持って行こうとしているのなら、対応のしようがない。だって二百年余り、現世で言う所謂恋愛というモノとは無縁で生きてきたし。大体死神の一生は人間よ
り遙かに長いから、人間のように急いて相手を見つける必要もない。それに貴族でもない限り絶対相手を見つけなければならないという訳でもない。つまり何が言いたいかって、この状況に物凄く困ってます。


「…なんだ。お前、こういう経験ないのか」

「なんで納得してんの。エスパー?」

「二百年も生きてりゃ何回かあるのかと思ってたが…」

「オイコラ、話聞けよ」

「…俺が教えてやるよ」

「は……?…」


なに言ってんの?という言葉は唇に押し付けられた“ナニカ”に因って遮られた。一瞬状況が理解出来ず、動きが止まったが、高杉の目が余りにも近くにあることから悟った状況に、目を見開いて咄嗟に足を上げた。


「…まぁ、待てよ」

「…っ、誰がお前に教えて欲しいなんて言ったんだ。妄想も大概にしてもらおうか、変態」


蹴り飛ばす為に上げた足はいとも簡単に掴まれ、なんだか益々自分の状況を悪化させたような気がする。対して、高杉はなんだか満足そうな顔だ。腹立つ。


「ファーストキスだったんじゃねェのか?随分落ち着いてるみてぇだが」

「言うとしたら、アンタのその満足気な表情が腹立つぐらいだよ」

「言ってくれるじゃねェか」


ニヤリと笑ったその笑みに嫌な予感がした時、不意に耳元から声が聞こえた。


〔名前ちゃん!?〕


退の声である。今日、障子の紙を買いに行く道中で、喜助に作って貰った少し特殊な無線を彼に渡しておいたのだ。携帯が使えなくなったことで苛立った副長が騒ぎだし、退がコレに連絡をくれることを待っていたのだが漸く来た。ちなみに真選組専用無線は天導衆から外すように言われていたのでつけていない。


「退?どうしたの?」

〔どうしたの?じゃないよ!!携帯が急に切れたから副長が物凄い焦って屯所から出て行っちゃったんだよ!?〕

「副長は?怒ってた?」

〔……めっちゃ怒ってたよ〕

「電話が切れて副長キレる、か…」

〔上手くないから!!〕


どこにいるの!?そう言われて眉を潜めた。適当に歩いて来たから此処がどこなのかがさっぱり分からない。ああ、そうだ。ちょっと待って、と退に言ってから目の前の男に向かって尋ねた。


「ねぇ、此処どこか分かる?」

「…かぶき町4番街、ってことぐれぇしかわかんねぇな」

「かぶき町4番街だって」

〔え、ちょっと待って。名前ちゃん、誰かと一緒?〕

「うん、変態と」

〔へ、変態?誰それ〕

「現在絶賛指名手配中、過激派攘夷浪士高杉晋助」

〔…………え?〕


ああ、やっぱ驚くか。そう呟けば高杉が当たり前だろ、と呆れたように言ってきた。


〔ちょ、ちょっと待って!じゃあ今交戦中!?〕

「まぁ、ある意味?」

〔なんで疑問系!?ていうか、無線繋いでる場合じゃ…〕

「ねぇ退。男に迫られた時の現世での対処法は?ちょっと今困ってるんだよねぇ。あ、ちなみに尸魂界では鬼道で消し飛ばすって真子に習った」

〔は、はァ!?〕


どうやら退の頭の中は大混乱になったようだ。そんな私達の会話に高杉は溜め息を吐くと、私の蹴りを止めていた手を耳にぶら下がっているピアスに伸ばした。


「コレか?無線は」

「え?あ、うん」


何するつもりだコイツ。と思っていると、耳元に口を近付けて喋り出した。


「……真選組監察方山崎退」

〔!?お前、そんな近くに…名前ちゃんに何してるんだ!〕

「土方に伝えておけ。お前んとこのお姫様は無防備すぎるってな。とても死神とは思えねぇぞ」

〔高杉!!今すぐ彼女から…


流石に退は頭がよく回る。私との会話と高杉が無線から話していたことと合わせて、今がどういう状況になっているか理解したらしい。無駄だと分かりながらも怒鳴ってくれた。…が。



 「名前から離れろ、高杉」



それよりも何倍もの効果のある一言が退の言葉を遮るように狭い路地に響いた時には既に、高杉の首に刀が突き付けられているのが見えた。


見覚えのある銀髪と共に。















(遅い)

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