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誇り。










「ぅわっ……なに、お兄さん。もしかして冗談通じないタイプ?」

「お、女子だと…?…」


自分の攻撃を刀で止めるその人物に目を向ければそこにいたのは一人の女。大人というにはまだ若さが残るが、化粧でもすれば大分化ける年代だ。20代、ぎりぎりいかないぐらいか。


「…おぬし何故、こんな所にいる?」


平然と自分の刀を止められたことに少し驚きながらも、烏のように真っ黒な着物に身を包みこんな時間に出歩く女に不信感を抱かずにはいられない。刀は下ろさず問うと、女は目を少し見開いた。


「へぇ…偶然かと思ったんだけど、ちゃんと見えてるんだ。私の姿」

「……は?」


なにを言ってるんだ、この女。姿が見えるなど当たり前だろう。目の前に立っていて刀を合わせている。これで何も見えないと言う方がおかしい。頭がおかしいのか、この女。


「お兄さん。なんか物凄く失礼なこと思わなかった?」

「……お兄さんじゃない、桂だ」

「…あっそ」


そんな投げやりな返事をして溜め息を吐いた女だったが急に真面目な顔をしてこちらを見上げてきた。


「お兄さん。刀、下ろそうか」

「だめだ。お前が敵か味方か分からぬうち、は…?」


それは余りにも突然だった。自分が喋っている最中、目の前にいた女は瞬きをした一瞬の間に消えてしまったのだ。どこへ行ったのかと体を動かそうとして、漸く自分の右手の違和感に気付いた。

刀が、ない。ついでに鞘も。


「お兄さん。言っとくけど私は敵じゃないよ」


とても人間技とは思えない速さに目を見開いていると、不意に後ろの方から声が飛んできた。


「…人の刀を取り上げといて面白いことを言うな、おぬしは」

「だってそうでもしなきゃ殺されそうだもん」


まぁ既に死んでるんだけどね、と最後に小さく付け加えながら側にあった大きめの岩に腰を下ろした女は、俺から取り上げた刀を空にかざした。月灯りに照らしながら「案外綺麗に研いであるじゃん」などと言っている。


「………」


彼女のそんな様子をよくよく見て冷静に考えてみれば、確かに敵だとは思えない。大体こんなに早いのならば、刀を取られた時点で自分は殺されている。少し過剰になりすぎているのか。と、自嘲気味に溜め息を吐いて彼女の隣に腰を下ろした。が、その瞬間ふとある言葉が頭に引っ掛かった。


「いや、待て。ありえないだろ」

「え?なにが?」

「もしそうなら足がないはずだ」

「いや、だからなに?」

「だからお前は死んでない」

「……お兄さん、人の話とか絶対に聞いたことないでしょ?」

「お兄さんじゃない、桂だ」

「うん、なんかいいや。もう」


何やら呆れたように女が今日二度目の溜め息を吐く。そんな女にやや興味が湧いてきたので、名前でも聞いてみようかと声をかけた。


「俺は桂小太郎だ。おぬし名はなんと言う?」

「……四楓院名前」

「名前、か…名前。お前はこの戦争をどう思う」


あまりに唐突過ぎたとは思う。

こんな問い、こんな女子にして、一体どうしたいのか。ただ正当化してもらいたいだけじゃないのか。そう囁く自分もいたが、この女子…いや、名前の純粋な考えをただ聞きたかった。すると、名前は眺めていた空から目線を外し、目の前のただ暗い空間を眺めながら徐に口を開いた。


「……ねぇ。お兄さんはさ、死後の世界ってあると思う?」

「…おぬし、何を言っておる。頭大丈夫か?」

「あんたに言われたくねぇよ。つーか数行前の自分の心理描写読み返せ、ハゲ」

「ハゲじゃない、ヅラだ」

「…どの道ハゲなんだな」

「あ、間違えた。桂だ」


もう何でもいいよ。盛大に溜め息を吐きながらそう呟くと、何事もなかったかのように言葉を繋ぐ。


「もしさ、死後の世界があるとしたら、今その世界は人口増加で困ってると思わない?」

「…天人との戦で亡くなった仲間達が…」

「そ。今ここだけでも見る限り決して少ないとは言えない墓標がある。それにあなた達侍の拠点は此処だけじゃないんでしょ?」

「ああ…他に十数箇所はあると聞いている」

「私の言いたいこと分かる?」


…分かる。分かるが、分からない。亡くなったヤツらの数が膨大だ、という事実で一体何を伝えたいのだ?


「亡くなってもね、向こうで生きてるんだよ。彼らは」


名前の顔をじっと見つめながら考えていると、その口がまた動いた。


「亡くなってもね、生前の記憶は残ってるんだよ。彼らは。しかも毎日何人かは死んでいる…

…つまりさ。あなた達の戦いは常にリアルタイムで向こうに伝わってるんだよ」

「な…」

「そう。
あなた達が何人天人を殺したか、何人天人に殺されたか、侍達の勢いが落ちてないか、俺達の思いは消えていないか、……思うところは色々あるでしょうね」


ねぇ、狂乱の貴公子さん?
そう言って微笑んだ名前に思わず目を見開いてしまった。


「おぬし、やはり戦に出て…」

「違うよ。大体私は現世(ここ)の住人じゃあない。その違和感は貴方も感じ取ってるはずだよ」

「ならば何処でそれを…」

「さっきから言ってるでしょう?"彼ら"に教えて貰ったのよ」


信じられん。
声には出していないが、名前には分かったらしい。そんな俺を見ながら、今度は真剣な顔をして口を開く。


「お兄さんはさっき私に《この戦争は意味があるのか》と聞いた。正直に言えば、"私たち"からしたら無駄に命を捨てているようにしか思えない」

「…っ…」

「でもね、うちの隊長が言うに戦いには2つあるんだってさ。《命を守る為の戦いと、誇りを守る為の戦い》の2つがね」


命を守る為と、誇りを守る為。


「私は、現世に降りて来るまではあなた達侍は前者だと思ってた。だから滑稽に思えたの。

…でも今は違う」


そう言いながら此方を見る名前に、ああそうだと頷く。


「俺達は…誇りを持っている」

「そうね」

「武士としての誇り。侍としての誇り。…それに志半ばにしてこの世から去った者達の誇り。俺達はその全ての誇りを守る為に戦っている」


空を見上げてそう言う自分に迷いが消えてなくなっていくのが分かった。


「お前はそう言いたいのだろ…

…あれ?名前?」


空から自分の隣へ目線を戻して自信たっぷりに言ってみたが、そこにはもう誰もいなかった。




この不思議な出会い、数年後に再開され尚且つ敵同士になるなど、お互いこの時は微塵も考えてはいなかっただろう。












「エリザベス。四楓院名前という名を聞いたことないか?」

《…え。か、桂さん…彼女と知り合いだったんですか?》

「なんだ。お前、知ってるのか名前のこと」

《いや…知ってるもなにも、真選組ですよ、彼女。しかも副長護衛兼補佐》

「……え…?…嘘ォォォオ!?」

《それコッチの台詞です。ていうか、頭なら副長補佐の名前ぐらい知っててください》

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