旦那様。
『…高杉晋助?』
『はい。攘夷浪士の中でも最も過激派と言われている男で、最も危険な男とも言われてる人物っス』
『ふーん…』
『…ていうか、名前さん…貴女、一応真選組でしょ?こんぐらい知ってて下サイよ…』
― 旦那様 ―
「…ていうか知ってたよー」
数分前の会話を思い出しながらそう呟いた名前がいるのは、川沿いの商店街だ。駄菓子屋や豆腐屋など、江戸庶民が買い物をするのにはうってつけであるこの場所は、夕方ということもあり子連れで賑わっている。そんなのんびりとした場所で彼女は何をしてたのかというと、休憩時間を利用して喜助と会っていたらしい。今はその帰りというところ。右手にある包まれた笹の葉の中には麩饅頭が入っているとみて間違いなさそうだ。
「…んー…にしても面倒なことになりそうだなァ…」
喜助と別れた後に立ち寄った駄菓子屋で買った棒付きキャンディーを口に頬張りながらまたしても呟いた。
…よりによって、将軍様がいらっしゃる祭に来なくても……
『先日幕吏十数名が殺された事件をお話したのを覚えてますか?』
『ああ…拳西とリサに張っといてもらった料亭の』
『はい。やはりあれは、高杉晋助の仕業とみて間違いないっス』
『へぇ…つまりだ。幕吏が怪しいと思ってその会談を盗み聞きしようと思ってたのに…』
『…それ以上の大物が釣れた、という話っスよ』
「…私としては幕吏の会談の内容の方が気になっとったんやけどな…」
この会談。
土方からやることを聞いたその時からどうも怪しいと思っていた。通常、幕府の上役が外の料亭などで集まる際は護衛も兼ねて真選組が見張りに立つ。しかしこの会談に限っては護衛は幕府内から2人。
これは何かあるだろう。
だが土方にそれを言ってみても過去にも何度かあり、うち1回は山崎に張らせてみたことがあったらしいのだが全くの白で、疑う余地はないだろうとあっさりと言われた。それでも、違和感を拭い去ることが出来なかった名前は、喜助と夜一に手伝って貰おうとそれを話した。
『名前。おぬしは一応幕府側の者。下手にうろついて万一ということもあろう。この件は儂らに任せろ』
そういう訳で大人しく待っていたのだが、意外な結果に終わったという話。
…と、キャンディーを転がしながら頭の中で先程の話を整理していると不意に後ろから声をかけられた。
「真選組副長護衛兼補佐。四楓院名前で間違いないな?」
口調は丁寧だが、ねっとりとしつこそうな声色は不愉快極まりないな。そんなことを思いながら彼女は軽く眉を潜めて、辺りを見回した。
薄暗い路地裏。屯所への近道だといつも通っていたのだが、夕暮れ時ともなると少し暗い。そこにむさ苦しい男がざっと二十人程。所狭しと名前を囲うようにずらっと並んでいる。
…あー…考え込みすぎたってことね。
「その通りだ。しかし今更気付いたとてもう遅い。貴様はもう死……」
「え、何で分かったの?え、キモ…」
「え?だって声出てたし……つーかマジな声で言うな!!地味に傷つくわ!!」
真選組に入って1ヶ月半。私服で歩いていてもバレる程、名前の顔は知られたということだ。
幸い今着てる着物は膝上丈の短いモノで、充分戦える。名前は頭の中で組手の算段をしつつ、体の姿勢はそのままに左足を軽く後ろに引きながら最初に話しかけて来た浪士に尋ねた。
「で、何をお望み?私が死ぬことかな?」
「そうだ。貴様は鋭すぎるからな…最近では土方の顔を見ることすら出来ん」
「…げー…副長の顔見たさに私を殺すとかどういう趣味やねん…」
どこでどう合図が出たのかいっさら分からないが名前が喋り終わった瞬間、一斉に浪士達が銃やら剣やらを振り上げて飛びかかって来た。適当に“人間”っぽい戦い方をして終わらせればいいやと思っていた彼女は斬魄刀も抜かず、霊圧を込めた左足で地面を蹴った。
……のだが。
「…オイオイ、てめェら何こんな時間からむさ苦しい集まり開い……!お前、何で…」
「…うっそー…」
…オイオイ、また何でこんなタイミングの悪い時に来れるんだ?コイツは。
まさに最初に向かって来た男の鳩尾に蹴りを叩き込んだその時、路地裏の入り口から現れたのは銀髪の侍―
…万事屋銀ちゃんの店主だった。
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