むかしのはなし。参



相談を受けたのは吉田副隊長が辞めた一週間後のことだった。

『浦原喜助くん、ですよね?』
『…そうっスけど…』

二番隊の一隊員である自分が隊長副隊長と関わることは余りない。ただ一人、夜一さんを除いては。だから彼はきっと彼女を通して僕を知ったのだろうけど、わざわざ探してまで声を掛ける理由はなんだろうか。現役時代、全く関わりのなかった元副隊長に少し首を傾げながら足を止めた。
その日は任務帰りでほかの隊員数人と歩いていたのだが、報告書は書いてくれるらしくお礼を言って先に行って貰い、自分は吉田副隊長と甘味屋へ入った。

『任務終わりですよね。お疲れの所、申し訳ない』
『いえいえ!全く楽な任務でしたし、』

そう。珍しくなんともない任務だった。例えるなら迷子の飼い猫探しのような。隊員の任務は隊長が振る。思えばコレを彼女は知っていたからこんな時間に終わる任務に自分をつかせたのではないか。夜一さんと吉田副隊長が飲み仲間なのは知っている。偶には早く帰って休めという優しさだろうと一瞬でもありがたく思った自分を殴りたい。逆になんだか面倒そうな匂いがしている。

『…その顔はやはり図られた、という感じかな?』
『全くその通りっス。夜一さんも悪い人だ』

おかしそうに笑う吉田副隊長を見て、でもこの人になら騙されてもと思ってしまった。
彼はずっとこんな感じだったらしい。何があっても焦らない、怒らない。常に皆を安心させる笑みを湛えて、それでいて恐ろしく強い。氷雪系の斬魄刀を持ち、鬼道が得意で、護廷隊に入る前は真央霊術院で教鞭を執っていた。
耳に入ってくる吉田副隊長の噂をまとめるとこんな感じになる。殆どは夜一さんから聞いた話だが、彼の悪い噂は一切聞かない。そんな人が辞職するなんて事態になって、泣き崩れた女子もいたらしい。

『それで…吉田副隊長さんが一隊士の僕になんの用っスか?』
『副隊長だなんてよして下さい。私のことは名前で』
『氷雨さん』
『そしたら私も喜助君で良いかな?』
『…どうぞ』

彼の現役時代から今日まで任務や日常生活をひとしきり考えてみたが思い当たることもなく。話題を切り出してみたが、お互いの呼び方で文字数を稼いでしまった。まさか単に僕に会いに来ただけなのか、と少し夜一さんを恨み始めた時に唐突にとんでもないことを吉田副隊長が聞いてきた。

『…喜助君は、子どもに興味はありますか?』
『…………ハイ?』


……ー「喜助兄ちゃん!」


そんなとんでも会話から半年。
今や仕事終わりの隊長副隊長の溜まり場となりつつある吉田副隊長ー氷雨さんの家に一人の少女がいる。名は名前。氷雨さんがどうやら養子にとったらしく、苗字もきっちりと与えられたその子は恐ろしい速さで色んな知識を吸収している。勘も良く、剣の筋もいい。組手もあの四楓院家の当主が教えているので、まず間違いはないだろう。いくら霊力が高いとはいえ偶然出会った流魂街出身の少女を一体何に育て上げたいのか。面白いように吸収してゆく少女にあれもこれもと教えたくなる気持ちは分からなくもないが、ふとした瞬間に疑問に思うのは間違ってはいないはずだ。


「?どうかした?」

「…いえ。今日は夜一さんなんスね」


毎日ではないが、週に3回は通っている吉田家に行けばそこで夜一さんと組手をしていた名前さん。邪魔しても悪いと霊圧を抑えて近付いたのだが、夜一さんより少し遅れて気付いた少女がこちらに近寄ってきた。
考えごとをしながらだったのでやや返事の遅れた僕に首を傾げているが、やはり霊圧操作に関して異様に上手い彼女に内心感心する。
そもそも氷雨さんからとんでも発言を受けたのはこの子に関することだった。

『…というのは少し語弊がありまして』
『よかったっス。どう答えても夜一さんにイジられる未来しか見えませんでした』

子どもが好きかと聞かれて、変な意味さえなければ大抵の大人は好きだろう。だけども夕方近い時間帯に、若い女性もいるこの甘味処で男二人がする会話にしては些か危険な匂いがする。一瞬、返答に詰まって固まってしまった僕をおかしそうに見てから団子を口に頬張る氷雨さんはどこまで本気で冗談なのかがイマイチ掴みづらい。こちらも気持ちを落ち着ける為にお茶を啜ると氷雨さんを見た。

『実はつい最近、一人少女を養子に取りまして』
『………ハイ?』
『あ、今度は冗談じゃないです。名前と言うのですがこれがまた面白い霊力を持ってる子でして』
『ちょ、ちょっと待って下さい。貴方が護廷隊をお辞めになった理由って、』
『それとコレは別です』

案外はっきりと言い切った声色に少し目をぱちくりとしてしまった。それを誤魔化す様湯呑みへ再び視線を落とすと、出会ってから今までの間に彼から出てきたとんでも発言を一旦落ち着いて整理して、何となく話が見えて来たので氷雨さんの顔を見た。

『…つまり。その名前さんという少女の能力を解明して欲しい、ということで宜しいっスか?』

瞬間、瞠目した氷雨さんが激しく首を縦に振った。

『その通りです!やはり君は夜一さんから聞いていた通りの人だ!』
『いやー…買い被りすぎっス』

元副隊長に褒められて嬉しくないとは言わないが、そもそも対象は子どもであるし、少し面倒そうだなと思ってしまっている。それが顔に出てなければいいがと今度は団子へと手を伸ばすと、氷雨さんが口を開いた。

『名前は元々流魂街に住んでいたのですが、霊力の高さから虚が度々寄り付いていました』

その虚は引退して何故か流魂街に住んでいた隊士が密かに片付けていたらしいが、それもその子が独自に霊圧を最小限に抑え込んでいたからまだ少なく済んでいたようで。しかも”抑え込む”という表現では何かしっくり来なかった氷雨さんは、ある期間、様子を見たらしい。

『霊圧操作が異様に上手いんです』
『…異様、と言いますと?』
『ええ。探知能力は勿論なんですが、あの子自身の霊圧が紛れる感じがして…ここに来てから詳しく話してみたんですが、どうやら自分の霊圧を変換できるようで』
『変換、っスか…』

確かにそんな芸統ができるとは信じ難い。氷雨さんがなんとなく辿り着いた結論に、親しくもないが研究者である人物へ意見を求めたくなる気持ちはわかった。
そしてこの話を聞いた時にぼくが危惧したのは、もしその変換が”本物”だった場合に考えられる、ある一つの可能性だった。


「…で。どうでした?」

「……おぬしが思ってる通りじゃろうな」


僕に抱きついてきた名前さんをまず私と復習してからですよ、と呼び戻した氷雨さん。少し不満そうな顔をしながらも大人しく戻って行く彼女を見ながら夜一さんに問いかけると、予想はしていたがあまり欲しくはなかった答えが返ってきた。ついでに差し出された浅打を受け取って、触れた霊圧に思い切り眉を顰める。


「…夜一さんの、っスね」


霊圧を扱う死神ならば無意識に自分の武器へと霊圧を込める。今日はあまり使わない刀を構えて名前さんと組み手をしてもらった理由は、彼女の戦闘中の霊圧変化を知りたかったからだ。現段階の彼女の実力ではとてもではないが絶対に僕らに勝つことはできない。加えて、その日行った組み手の数々は必ず氷雨さんと復習するので、必然的に僕らの技を盗もうとする方向に向かうはずだと当たりをつけた。
結果、それが当たったようだ。盗もうとする、と言ってもただ外見的にではなく、もしかしたら霊圧も入るのではないかと考え各先生役に対して一本ずつ浅打ちを持たせてやらせていたのだが、必ずその先生役の霊圧が浅打ちにこびりついていた。勿論、彼らが攻撃を下した名残ではない。名前さんが彼らから技を盗もうとした時に恐らく霊圧まで寄せて行ったものだ。


「喜助」

「…ハイ」


余程酷い顔をしていたのか、肩に手を置かれながら呼ばれて顔を上げると案外夜一さんも厳しい顔をしていた。形式上の返事はしてみたが、その一言から恐らく僕の思っていることを読み取っているのは間違いない。
その上で、彼女は一歩踏み込んだ質問をしてきた。


「隠し通せるのか」


そう聞かれるのだろうとは分かっていた。だが、それに対する自信がなくて明言を避けていたのだが、こうも見事にストレートに聞かれると少し笑ってしまう。


「…いやー…正直」

「厳しいか」

「でも。そんなことは言ってられないんスよ。だってコレは、」


そう言いながら浅打を廃炎で燃やす。その灰が空へ舞って行くのを見上げると名前さんの笑い声が聞こえてきた。夜一さんと思わずそっちの方を見ると、氷雨さんと木刀で打ち合いをしている。さっきの夜一さんの組み手の復習だろう。
だけど、そんな彼女の霊圧を探ってまた自分の眉間の皺が寄るのがわかった。


「凄い顔じゃぞ。喜助」

「…貴女も意地悪なヒトだ。危険性はわかっているくせに」


再び彼女の笑い声が風と共に舞う。今度は視線をそちらへと向けなかった夜一さんが、僕の顔をしっかりと見据えて遂にはっきりと言い切った。


「殺されるか研究所送りじゃろうな」































(他人の斬魄刀を解放させられる、なんて知られたらのう)
(…ぜーんぶそんなハッキリ言っちゃいます?)
(何かに包む暇もなかろう。じゃがまだ自分の斬魄刀も持たぬ少女)
(そう。時間はまだあります)
(じゃといいがのう)

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