むかしのはなし。弐



『私と一緒に暮らしましょう』

出会って二度目でそう言われて、断る理由を探している間にあっと言う間に色んなものが整っていた。


「……ねぇ」

「どうしました?」


私が暮らしていたのは子ども一人が住むには十分な広さの小屋だった。今日も起きて近所の寺子屋へ行く為に昼ごはんを握ろうとしていると急に現れたのがいつぞやの死神で。

『名前さん。これからは私が貴女の先生になります』
『……はい?』

彼の言葉を完全に理解する前に手を引っ張られたと思ったら次の瞬間にはなんだか立派なお屋敷の庭にいた。目をぱちくりとさせているとまた手を引かれて連れて行かれたのは10畳程の部屋。中には机と箪笥があり、背中を押されて中へ入ると畳の良い匂いがした。それでふと我に返って尋ねたのが少し上の台詞である。
見上げればそこにあるのは悪気の一切ない優しい顔。一度だけしか会ったことのない身寄りもない子どもにどうしてここまでするのか分からない。にこにこと笑う彼に不信感を懐きたいのだが、何も負の感情が湧かないジレンマに疑問をぶつけて解消することにした。


「単に霊力があるからってここまでしないでしょふつう。何かあるの?貴族じゃないから閉じ込めようってこと?ここに」


するとゆっくりとしゃがんで私と目線を同じにした死神。微笑むのをやめて私を見るその目にどこか真剣さが混じっているのが見えて思わずたじろいだ。


「…貴女は賢い。恐らく、その力を自覚した時から見せびらかすよりもできるだけ隠す方へと考えた」

「そう、だけど…」

「でも一つ困ったことがあった筈です」

「…ごはん」

「それも、貴女は自分が子どもであることを最大限に利用した」


なんだ、こいつは。
確かに私は彼の言う通り自分に霊力があるのを分かった時から隠そうと思った。それは熟考したというよりは勘に近かった。流魂街とは言っても比較的治安の良いここには死神も偶に来る。見せびらかしたとして噂が流れて彼らの耳に入ればきっと良いことはないだろうと。
いくら自分が子どもとは言えこうも易々と考えを読まれるといい気はしない。最初こそ雰囲気に怖気付きかけたが、少しの苛立ちを滲ませて彼を見ると人差し指を顔に向けた。


「?どうしま、!っ」


私は自分が霊力を自覚した時から何が出来るのかを色々試してきた。その中で指先からなんか出るのも知っている。掌からはまだなんとなくしか出ないが、偶に襲われる大きい化け物にはこの指先だけで十分逃げ切れるので意外と使い慣れている。死神なんだからこれぐらいはどうにかできるだろうと向けて見れば案の定打つ前には避けていて姿勢はほぼ崩していない。大変驚いたという顔をしてはいるが、それも私が死神でもない何も知らない子どもだからだろう。


「ごはんはなんか周りの大人がくれた。近所に住んでたおばあちゃんが僅かだけど霊力あって、その人はみんなから慕われてたからきっと私のことをうまく話してくれたんだと思う」

「…貴女、今のなかったことにしようとしてます?」

「お腹空いた」

「……ちょっと待っていてください」


一つため息を吐くと廊下の奥へと消えていった死神。その後ろ姿を見送ってから、ふと庭の景色が気になって見るとやたらと広い綺麗に整えられた芝生が広がっていた。思わず廊下へ出て見上げれば綺麗な青い空。白い雲が流れるのを見ながらそう言えばお米洗いっぱなしだなとぼんやりと思う。


「今日はお天気が良いですね」

「…でもお昼過ぎたら雨降るよ」


唐突に声をかけられて少し驚いたがそれもバレたくなかったので話題に乗る。なんだか一瞬間が空いた気がしたが、私の隣に座って置かれたお盆の上にはおにぎりとお味噌とお茶があった。思わず鳴りかけたお腹を恨めしく思う。


「私もまだなんです、朝ご飯」

「……じゃあ一緒に食べてあげる」


ふふと笑った彼を無視して食べたおにぎりは絶妙な握り加減で塩味も程よく、本当に美味しかった。女中さんがいるようにも感じないので恐らくこいつが握ったのだと思われる。二人で無言で食べて、最後にお茶を啜っていると彼が喋り始めた。


「貴女の霊圧は少し大き過ぎます。私が気付いて声をかけたのもそれが理由です」

「……でも、」

「そう。でも。自分で上手く制御出来ていた。誰の教えも乞うてないのに素晴らしいです。ですが、それも。思えていただけだった」


少し、言ってることがわからなくて首を傾げる。私なりに頑張って気持ちを落ち着けることで霊力を落とし込めていたはずである。現に化け物との遭遇率はそこまで高くなかったし、寝ている間も襲われたことはない。はず。


「ご近所に住んでいたお婆さまー絹枝さんは昔、護廷隊に所属していました」


その瞬間に目を見開いて彼を見た。危うくお茶を溢しかけて慌てて湯呑みを掴み直す。まさか。


「理解が早くて助かります。君は霊力が弱いと認識していたようですが、今も虚と十分戦える技量をお持ちです」

「…な、何で流魂街なんかに」

「任務でお怪我をされたようで」


確かに足を引きずっていた。寒くなる冬場は何もしなくても痛いから大変なんだと石畳の階段を降りながら話していたのを思い出す。あれは単にお年のせいだと思っていた。そしてよくよく考えれば気持ちを落ち着かせる方法を教えてくれたのは絹枝おばあちゃんだった気がする。


「最近貴女の住んでいる付近で虚の発現率が急上昇していましてね。調査も兼ねて来てみれば一発で原因が分かりました。絹枝さんは私が来たのを見てお察しになられたようで、貴女についてお話ししてくれました」

「…私のせいで絹枝おばあちゃん、大変だったの?」

「いえ。あの程度の虚、元五席の絹枝さんにとっては埃を払う程度。座っていても勝てる相手です。彼女は寧ろ酷く貴女の心配をなさっていました」

…ー『この先、私の力で護り切れるか分かりません。それに彼女は自分の力の使い方を覚えるべきだと思うのです』

「…力の、使い方…」

「はい。ですが、それを学ぶ為の学校ー真央霊術院というところは皆死神になるのが殆どです。絹枝さんは命の危険を伴う死神にならせるのは、と渋っておられました」


とても、優しいおばあちゃんだった。私が体調を崩したり、気分が浮かないときなど敏感に感じ取ってその都度的確な言葉をくれた。その度に気持ちは落ち着き、よく眠れていた。だけど今の話を聞けば私の霊力がダダ漏れにならないようにずっと見守ってくれていたのだと分かる。私は常に、守られていた。自分一人で生きてきた、などなんて恥ずかしいことを思っていたのだろう。
そして、私の将来も考えてちゃんと適切な道をまた示してくれている。その先は聞かずともわかる。


「…貴方は面倒を見てくれと頼まれた」

「そうです」

「しかも絹枝おばあちゃんがそういうことを頼むってことは、貴方は学校の先生か何かなの?」

「真央霊術院で教鞭を執っていたことがあります。絹枝さんはそれをご存知でした」


手元の湯呑みに目を落とす。半分くらい残っているお茶の表面に自分の顔が映った。
恐らくこの人の言う通りにした方が良いのはわかる。あそこにずっといても絹枝おばあちゃんの負担になるだけだ。それに、力の使い方は覚えたいと思っていた頃だった。何故、この人がここまでしてくれるのか分からないが、それよりも霊力の使い方への興味が優っている。それにそんなのは追々聞けばいいだろう。
お盆の上に湯呑みを置いて姿勢を正すと、隣の死神を見上げる。少し驚いたように目をぱちくりとさせているが、何か言われる前に頭を下げた。


「名前、と言います。宜しくお願いします」





























(はい、こちらこそ宜しくお願いします)
(そう言って頭を撫でてくれた氷雨は前日に護廷隊を辞職していた)

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