むかしのはなし。壱



思えば四楓院は定期的に死にそうな大怪我をしているような気がする。更に思えば実際に見たことがないような気がするが、本調子じゃなさそうな理由を問いただすととても生きていられるような怪我ではなかったということが多々あり、だけどそれは昨日のことですとか二日前だったかなとかスパン短めのモノばかりで。死神の生命力と鬼道は理解を超えるモノなのだろうとそれ以上のことは考えていなかった。
だが昨夜、初めて四楓院の怪我を見て自分の思慮の足りなさと力のなさに激しく悔いた。
俺らを気にしながら戦い、一瞬の隙を突かれて背中を袈裟掛けに斬られた四楓院の表情はとんでもない苦悶に満ちていた。だが敵もその手を緩めず容赦ない攻撃をしてくるのでそれを防ごうとなんとか顔を上げて手を伸ばす四楓院。鬼道を打とうとしているのか口元が動いていた。それをただ見ているなんてできるはずもなく。四楓院に死神としての立場から動くなと指示されていたが、殺されるのを黙って見ているなんて誰ができるか。
だけど、死ぬ覚悟で刀を抜きながら張られた結界を出た瞬間。唐突に見慣れた銀髪が目に入った。

『お前らの言う人間如きに負ける気分はどんなもんかねェ、…ー”俄”、如きが』

まるで死神のように、まるで本当の救世主のように。颯爽と現れたそいつは見たことない程に怒りを露わにして、見たことのない刀を抜いていた。ほんの少しショックのような感じで呆然としていたが状況が状況だ。すぐに加勢に転じたが、果たして役に立っていたかなんてわからない。逆に邪魔していたかもしれない。
やがて連絡を受けた浦原が来て、万事屋に下がれと言われて。そして一人であっさりと殲滅させた浦原が当然のように万事屋に話しかけたのを見て、唐突に自分は完全に蚊帳の外だと悟った。

あんなに惨めに思ったことはない。

俺は所詮、名前に護られる人間。万事屋の様に同じラインに立って戦えるだけの力も信頼もないことをまざまざと見せつけられた。

『土方さん』
『…なんだ』
『ちょっと怪我が怪我ですので、名前さんは暫くこちらでお預かりします』

それに了承の意を示せばいつの間にか来ていたハッチと呼ばれた大男が名前を抱え上げた。なんかしらの治療がひと段落しているのだろう。それをどこか遠くに見ながら万事屋になんか言われたかもしれないが、いつの間にか屯所へと戻って来ていた。


「オイオイ、本気かよ…大串くん」


で、なんでこいつがここにいるんだ。
そんな大事件があった翌日の今日は土曜日。俺ら警察にとってはないような休日だが、一応久々の非番なので煙草でも買いに行くかと着替えた時に襖が開いた。自動扉を導入した覚えはないので誰かが先に開けたのだろう。そう思って前を見れば今は一番に見たくない白髪頭。勿論無言で閉めたのだが、反対の襖をぶち破られしまいには木刀を向けられて。迷わず抜刀してそれを防いで奴の脚を薙ぎ払い、倒れた万事屋の首めがけて突き出せば、予想に反して甲高い金属音が聞こえた。警察を相手に真剣の方を抜いたのは絶対にわざとだ。


「…銃刀法違反だ馬鹿野郎。殺すぞ」

「おーおー。なんか偉くご機嫌斜めじゃねぇの。マヨネーズ足りてる?…それとも、

……ー名前不足か?」


瞬間、刀に込めていた力を殺す方へと変えた。俺の殺気が分かったのか床に落ちていた木刀を反対の手で拾って二本で薙ぎ払い、転がって起き上がると迷わず庭へ飛び出す白髪バカ。それを追いかけようとしてふと足元が不自然に止まって思わず下を見ると、ズボンの裾が小刀で固定されていた。小さく舌打ちをして見上げると目の前から吹っ飛んでくる木刀。自分のメインの武器を投げてくるなんて相変わらず変わった戦い方をする奴だとしゃがんで避けたついでに小刀も抜いてお返しに投げる。それと同時に奴へと走り込んで上段から叩き込んだ。が。


「「!!」」

「朝っぱらから何やってんですかぃ、お二人さん」


俺の方を奴の木刀で、万事屋の方を自分の刀で。器用に間に滑り込んで止めたのは総悟だった。いつから見ていたのか、考えてみればとんでもタイミングだが、自分としては割りと力を込めたつもりだった。それなのに、野郎ではなく俺の方を木刀で止めたことが変に気に食わなかった。


「……どけ。総悟」

「どうしたんでさぁ、土方さん。そんなに旦那と朝稽古やりたかったんで?」

「んな訳あるか。こいつは住居不法侵入と銃刀法違反、公務執行妨害。罪状のオンパレードだ」


そのまま木刀を折ってやろうと更に力を込めて言えば相変わらずの無表情が少し動いた。気がした。本人はなんともない様な素振りを見せながら後ろ手の真剣を握り直している。気付いたら万事屋は刀を納めていた。


「…土方さん。名前は間違ったことがありやせん」


すると急に喋り始めたドSバカ。何を今更と言って笑えば唐突に上段から刀が降って来た。


「っぶねェな!」

「きっと土方さんは何故自分ではなく旦那に対死神用の刀を渡したんだと思ってるんでしょう」

「!なにを、」

「でもね。それは単なるアンタのくだらない嫉妬心であって名前とか喜助さん達死神軍団からしたら大迷惑以外なにものでもない」


思わず総悟の顔を凝視してしまった。一体こいつは何を言ってるんだ。それと今の状況と何が関係してる。


「……ーどうや。総悟」


そうやって総悟を凝視していたら、突然背後から声が降ってきた。聞いたことのある声だが、屯所で聞こえることはない声の持ち主へ振り向きざまに刀を向けた。が。


「ダメでさァ、真子さん。ご覧の通り全然バカな土方のままで」

「みたいやな。でもその方が好都合や」


軽い金属音どころか片腕は刀の柄に乗せたまま指先で止められ、更には笑いながら俺越しに総悟と会話を始めた。


なんか、もう限界だった。


「…お前ら、…何なんだよ!!朝っぱらから揃いも揃って何しに来やがった!!くだらねぇ井戸端会議なら他所でやれ!!」


思わずそう叫んでいた。叫んで、叫び切って。瞬間広がった光景に理解が追い付かなかった。


「……は、?」


俺がいたのは間違いなく真選組の屯所の中庭だった。だけど、今俺が踏み締めているのはどこかのお座敷の畳で。さっきまで裸足で地面を踏み締めていたので畳が汚れるな、とかどうでもいいことがなぜか頭をよぎる。


「朝からご足労頂きありがとうございます、土方サン」


そして唐突に声をかけられて、その方向へと顔を向ければ見知った顔だが今はあまり見たくはない顔。どうやらここはそいつの屋敷らしい。そう言えば四楓院の家の話はあまり聞いたことがなかったが構造的に相当広いお屋敷であることは間違いないだろう。
というどうでもいい考察をしたところで急にタバコが吸いたくなったが、それを誤魔化すように屋敷の主人である浦原へと言葉を返した。


「…ご足労……じゃねぇだろ。平子に連れてこられただけだ、俺は」


カランコロンという下駄の音は室内だから流石にしない。だが俺に近づきながら話し始めたヤツからはそんな音が聞こえてきそうな気がしてしまう。


「アハハ。そうとも言いますねぇ。ま、でも僕も平子さんも沖田さんも、銀時さんも。頼まれただけなんで」


何を誰に。
そんな言葉が頭に浮かんで、そして打ち消した。前日からこれまでの状況を考えればバカでもわかる。思えばアイツは少し前から何となく取っ掛かりのような言葉を呟いたり話題にしたりしていた。だが俺はあえてそれに気付かないふりをした。きっと俺が聞けばそこで”全て”を話してくれていたのだろう。アイツはむしろ話したがっていたのに俺は避けた。話すなら自分から話してこいと思ったからだ。俺が何故気にかけてやらにゃならねぇんだ。俺は名前の上司だ。更に言うなれば部下の顔色を伺う上司にはなるなと逆にアイツから言われている。


「……やっと話す気になったのか」


浦原を見てタバコに火をつけて。一服してからそう言えば、案外ヤツは驚いた様な顔をした。だけどそれも一瞬で。ふっと笑うと帽子へと手を当てた。


「…お待たせしちゃったみたいでスイマセン。でも、まぁ名前さんもだいぶ頑固っスから」


そう言ってご案内しますと歩き始めた浦原。その後ろ姿を見て抜き身だった刀を収めると、後を追った。


























(さーて。銀時、どないする?)
(…コレは名前とアイツの問題だ。お前が話せ)
(……なんや。案外あっさりと身引くんやな)
(はぐらかすなよ。お前ら俺には別の話があるんだろ)
(……いやァ。想像以上やな、ホンマ)
(褒めてもなんも出ねぇぞ。…オイ、総一郎くん)
(なんですかィ)
(君も一緒に来なさい。で、胸にしまっておくこと)
(……旦那ァ。天変地異が来るにはまだ早いですぜェ)
(どーいう意味かな総一郎くん)

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