月。



『なんでだよ!?』

『それはこっちのセリフ。なんで私に声を掛けなかった』

『……あんなバケモノだと思ってなかったんだよ』

『よく知りもしない敵を過小評価か。随分と傲慢になったな銀時』

『会う前から相手の力量が分かったらこの世に戦争なんてもんはねぇ』


全蔵さんに蹴りを入れた銀時さんに名前さんが蹴りを入れた後の会話だ。
鉄裁さんの言っていた通りに三日後に目を覚ました銀時さんは至る所に包帯を巻き付けていて、見た目重傷だ。尤もそれは見た目だけではなく中身も十分重傷なのだが、それをおしてまで月詠さんを助けると言ったらしい彼に名前さんが皮肉を言ってみたらそうなっていた。
なるほど、と思わなくもない。きっと名前さんもそう思っているだろうが、生憎と今の彼女にそれを交わす心の余裕はあまりない。少しある妥協の心も恐らくそれより強い感情で押し込めてしまっているに違いない。憤りで。
名前さんは銀時さんが大好きだ。恋愛感情的な面で言っているのではない。逆もまた然りと言いたいが、銀時さんの場合はどうか少し微妙だ。僕らも気付かなかった繊細な彼女の変化を読み取って見守る様子は、友人よりは一歩踏み込んだ様に見えた。いや、間違いなく踏み込んでいる。所謂、友達以上恋人未満というヤツかと聞かれればそれもまた違うだろう。名前さんに恋愛感情が全くないのも一要因だが、そう言った浮ついた関係とは全く異なるという方が大きい。


「………ねぇ、喜助」

「…はい」

「……銀時にとって、私ってどういう存在なんだろう」


つい数分前まで燃え盛っていた吉原上空で、ぼんやりと名前さんに問われた。その右手に持つ刀は柄も鍔も刀身も全てが淡い翡翠色であり、それは彼女が卍解をしたことを示していた。
卍解した風車の有する能力は"空気を介する現象の取り込み"だ。
いつの間にか吉原中に張り巡らされた蜘蛛の巣に放たれた火による火事は想像以上に急速に広がっていった。この蜘蛛の巣もまた人間が張るもんだから霊圧の痕跡も見つけにくく、火が出るまで気付くことが出来なかったのが少し癪だった。が、そんなことを思っても口にする余裕なんてなく、地道に消していくしかないのかと神楽さんと新八さんの手伝いをしていた時に、ふと名前さんの霊圧が異様に膨らんで行くのが感じられた。

『何をするおつもりで』
『それは制止なのか禁止なのか、はっきりしてくれない?』

直ぐに飛んで行けば、見向きもしないでそう言われた。
きっと、ずっと怒っているのだろう。面倒ごとに引き込んだ僕と、引き込まなかった銀時さんに。
今回の一件で僕が関わったのは本当に偶然だった。別件の情報収集の最中に偶々全蔵さんに会って、それが以前名前さんの瞬歩に追い付きかけた忍と分かり、何となく面白そうだから彼の調べ物に付き合ってみたら、銀時さんが手を出してることが分かり、という次第である。別に銀時さんが僕を進んで頼ってきた訳でも、はたまた僕が銀時さんを巻き込んだ訳でもない。知らない間に手伝う方向に行っていた。
そして、今、名前さんもその波に乗ろうとしている。途轍もなく最大の力を以ってして。
火を消すには、酸素を劇的に減らす・発火点以下にする・燃やすモノを無くすetc…という様に様々な方法がある。彼女の卍解によって出来るのは空気振動を止めて他へ燃え移るのを止めることだろうと思っていたのだが、実はそれ以上のことが出来たらしいことに驚いた。更に空気中の酸素濃度を調節することが可能だと言ってきたのだ。

『喜助』
『はい。一帯の魂魄保護の準備は整っています。万一と思ってやっといて正解っスね』

まぁそれは後でちゃんと聞けばいいかと一先ず置いといて発動させれば、直後名前さんは卍解に入っていた。ちなみに発動させる前に新八さん神楽さんと百華達には天廷空羅で伝えていたらしく、火事の方は一気に収束を見せた。

それを眺めつつ卍解やめて雪月の方にしようかなと呟いた名前さんに同意を示そうとしたら、上の銀時さんの話になった。思わず足を止めて彼女を見てしまう。ないとは思っていたが、まさか。


「……いや。違うな。私にとって銀時ってどういう存在なんだろう」


そっちで来るか。
逆になった事で恐れていた方ではなくなって、安堵して小さく息を吐く。


「卍解までしといてアタシに聞くんスか、それ」


神楽さんが下でとても人間が持てる様な大きさではない桶を掲げて走っている。後十歩程で着く大きな建物の前で鉄裁さんが待っているのが見える。日輪さんの方は全蔵さん一人で十分だろうと誰も応援を行かせていない。後で文句でも言われるかもしれないと思っていれば、下から歓声が上がった。どうやらさっきので火元は最後だったらしい。


「…だよねぇ」


そう言って風車が振られ薙刀の始解状態に戻された途端、風が吹いた。さっきまで火が点いていたにしては少し冷たすぎる風に、彼女の左手を見れば雪月の方が解放されていた。
屋根が開け放たれたとは言え、地下の空間に作られたこの場は熱がこもり易い。帽子を脱いで風に当たれば、思った以上に気持ちが良かった。






































(庇護対象かな)
(そう言えば、喜助が安堵するのは)
(分かっている)

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