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奇跡的な。





万事屋と攘夷志士と真選組局長が共存しているというカオスな空間へ入ったのはなんと上様だけ。ご自分はお目当てのキャバクラへと足を向けた長官に絶対悪質な嫌がらせをしてやろうと心に決めてから一時間。とても面白いお顔をした涙目の上様が出てきたのを見て思わず頭を抱えてしまった。床屋の入り口から髷が飛び出してきた時に嫌な予感がしたので、時間停止を掛けた瓶の中に保存しておいて良かった。頭の上の排泄物を三重にした未滅菌手袋で取り除き消毒をして、髪を解くと、帽子を被せてちょうど近くにある私行きつけの甘味屋へと向かった。急いでそこの個室を用意して貰い、未だ放心状態の上様を横目に見ながらハッチへ電話を掛けた。


「あのさ。変なこと聞く様だけど、切られた髪の毛ってくっ付けられる?」

〔出来ないことはありまセンが…その切られた方はどうしてマスか?〕

「一応時間停止掛けたけど…」

〔それは助かりマシた!ちゃんと元通りになりマスヨ〕

「わ、ほんと?」

〔ハイ。ですが、今少し手が離せなくて…一時間程お時間を頂いても?〕

「うん、全然いーよ。ありがと」


携帯をしまって上様を見ると、相変わらずぼんやりとした表情で窓の外を眺めている。出来る事なら頭を洗って差し上げたいがここは甘味屋。洗面所に顔を突っ込んで頂く事になるので、さっきのアルコール消毒で暫し我慢して頂くしかない。
それにしても万事屋バカ三人衆は打ち首どころの騒ぎじゃないことをしてくれた。髷を落とし落ち武者にした挙句、人相が変わる程に髪を引っ張りまとめ上げ、頭に排泄物を乗せる。……頭が痛い。
下々の民はこんなにも…と先程から呟いておられるが、また間違った一般常識を上様がお持ちになられたのだと思うと此方が泣けてくる。一先ず甘い物でも食べて気分転換をして頂こうとメニューを差し出した。


「上様。お好きな物は御座いますか。此処は私の行き付けのお店故、味の保証は致しますよ」


すると漸く此方へ顔を向けて下さった上様。目を直接見るのは不敬であるので、首元の方へ目線を合わせながら微笑むとお品書きですとメニューを再び差し出した。


「……抹茶わらび餅入り餡蜜」

「はい。今頼んで参ります」


そう言って一旦部屋の外へ出ると、見計らったかの様に店員の知世が現れて少し驚いた。


「知世」

「名前さん。ご注文は決まりまして?」

「うん。抹茶わらび餅入り餡蜜を二つ頂けるかな」

「畏まりました。美味しい焙じ茶も入れて参りますね」

「ありがとう。それから知世、この事は、」

「皆まで言わなくとも承知しておりますわ。今日此方にいらしてるのは、名前さんと'そのご友人'です」


そう言って知世は唇に人差し指を立てて微笑んだ。
彼女を初めて見た時、全ての面において少し違和感を覚えた。可愛らしい見た目とは裏腹にとても思慮深いところがある。というより年齢に見合わない雰囲気を醸し出している。加えて天人でもないのに高い霊圧を持っていたので、一瞬死神かと焦ったが、調べてみると何となく私達とは異なる。なので何度か会って、いい加減我慢出来なくなって聞いてみたことがあった。

『知世。貴女は、'何だ'』

はっきりと確信を持っていたわけではなかったが、人間と等位のモノではないことは分かっていた。故に少しカマをかけた問い方をしたのだ。その時、一瞬彼女は驚いたように目を見開いたが次の瞬間には妖艶な笑みを湛えていた。

『…御察しの通り人間ではありませんが、'貴女様'よりも低位のモノに御座います』

そう言ってこうべを垂れた知世に今度は私が目を見開いた。そして焦った。私は'この様なお方'に頭を下げられるような立場にはない。多分。なので部屋に防音用の結界を張りつつ、慌てて頭を上げてもらった。

『うふふ。冗談が過ぎましたか?』
『…心臓に悪い。それに私も正直自分の直感でしかない曖昧な感じなのです』
『それは正しい感覚ですわ。そもそも私と貴女は'在る'世界が異なりますから厳密には私も分かりません』
『ですが、』
『ええ。貴女に同感です。私の感覚としては同じ位か、上だとしてもほんの少しだけ飛び出しているかでしょう。なのでお気になさらずに』

きっと苺一つ分ぐらいでしょう。そう言って微笑んだ知世は、恐らく巫女と云われるモノである。よく神社にいる、箒を持ってその辺を掃いている人と一緒にしてはいけない。本物だ。結界を張ったり近未来の占いなんてのは容易に出来るだろうし、霊力とその純度の高さからして恐らく冗談ではなく神の領域に踏み込める相当な力を持っているのだろう。
なんでそんな絶大な力を持つ姫巫女様が甘味屋の娘兼店員をやっているのかを問えば、同じ能力を持つ異世界の同一人物というやつですと楽しそうに言われた。転生とはまた少し違うようで、それに関してはちょっと未だに理解仕切れていない。そもそもこのお店は彼女のご両親のお店であり、かつ何十代と続く由緒正しき老舗で、なんと将軍家御用達のお店だ。一店舗しかないとはまた勿体無いような気もするが、しかし、下品に言えば途轍もなく儲かっている。巫女様のお陰だとしたら恐ろしいものだ。

『知世様』
『駄目です。様だなんて止して下さい。今まで通り、普通に。私は真選組の副長護衛様のお得意先の甘味屋の一人娘、知世ですわ、'名前さん'』
『……承知しました、'知世'』

私からすれば苺一つ分だろうが敬うべき存在が目の前にいるのだから、敬意を払うのは然るべき行為である。だが、そうなれば度々ここに来るのは気が引ける。そう思って呼んで見たのだが、知世もそのつもりはなかったようで。怒った様にそう言った彼女が可愛かったのをよく覚えている。


「お礼はまた今度」

「あら嬉しい。期待しておりますわ」


少し前に交わした会話をふと思い出しながら頭をぽんとして言えば、知世が無邪気に微笑む。思わず自分も笑みを浮かべると、すぐにお作りしてきますねと彼女は階段を降りて行った。それを見送りながらご期待を遥かに上回ってやろうと密かに意気込んで部屋へと戻ると、上様はまだ外を眺めておられて思わず密かに苦笑してしまった。


「頼んで参りました。10分程お待ち下さい、上様」


一応そうお伝えしてから部屋の入り口で正座をして控える態勢に入ろうする。が、ふと此方を向いた上様に思わず中途半端な正座で止まってしまった。


「如何致しましたか。上さ、」

「名前」


食い気味とは珍しい。


「はい」

「世は知らないモノが多過ぎる」

「…例えば」

「民達が通う床屋だ」


銀時死ね。というか長官はもっと死ね。信頼する店長がいない床屋に何故将軍を一人で置いてった。目隠しをして首を無防備に晒すというある意味暗殺し放題の状況になるのを知らないワケではないだろうに。まぁ私が残ることを前提としていたのだろうが、おかげで変な知識が付いてしまったではないか。しかも。家に帰ればそよ様もいる。今日のことは確実に伝わる。兄妹は非常に仲が良く性格も良く似ておられる。つまり天然だ。誰かが変なことを吹聴すればそれを見事に丸呑みする。疑うということを知らないのだから、下手に冗談を申し上げると誤解を解くのに途轍もなく苦労する。
それが、今、正に起きている。
だが解かないワケにはいくまい。内心大きくため息を吐くと、その誤解を解こうと口を開いた。


「上様、貴方が行かれた床屋ですが」


あれは床屋ではありません。
長官のご友人は用事で居らず偶々いた素人が云々間ぬんという全ての説明が面倒だったのでその一言で片付けようと思っていた。だが、告げる前に上様が再び私の名前を呼んだ。何だか今日はこういう下りが多いなと思いつつお返事をすると、予想外の答えが返って来た。


「存じておる」


真っ直ぐとこちらを向いてはっきりと言い放って。強がりでも知ったかぶりでも何でもないことは十分に分かった。
それに少し遅れて、でも考えられる一つを推測しながら言葉を紡ぐ。


「……茂々様はアレが偽物と承知の上で」

「流石名前だ。私の言いたい事を良く分かってくれている」


お褒めに預かり光栄ですなんて欠片も思ってないからね。
じゃあなんであんな劣悪なサービスを甘んじて受け入れていたんだこのお方は。出てきた時に涙目だったのは確りとこの目で見ましたが。しかもずっとブツブツと間違った一般常識を唱えているのを見れば認識を違えたのは一目瞭然だろ。
思わず返す言葉もなしに、上様を見つめてしまった。そんな私の様子に可笑しそうに笑うと、彼は立ち上がって私の側に来て胡座をかいた。


「'私'は生まれてこの方、友人と呼ばれる者達と意味のない騒ぎやお喋り、遊び等をした事がない。一時期そういう事をした時もあったが、それもほんの僅かだ。物心つく前には既に将軍家としての教育に明け暮れる日々だった。故に私は同世代との付き合い方が今ひとつしっくり来なんだ。今は片栗粉が私をよく外に連れ出して様々な遊びを教えてくれていて本当に感謝している。民の事を何も知らないでそれを束ねる事は出来ないからな。そしてその度に名前、そなたが私の護衛を密かに務めてくれていることも存じておる」

「…お気付きだったのですか。気配は完全に絶っていたつもりだったのですが、申し訳ありません」

「いや違う。名前の存在は完璧に消えていた。私如きの力量で気付ける筈がない。ただ、片栗粉が私の様な護衛を何十人も付けなければならない厄介者を一人で簡単に連れ出しているのを見て、そう判断したのだ」


元々茂々様のお考えは市中の民寄りだ。元来の性格もあるのだろうが、長官がちょっかいを出して更に助長されたのだろう。成長されるに連れてはっきりと国民のお心に寄り添いたいと口に出す様になったらしい。私がお会いしたのは極最近なので、殆どは長官から聞いた事なのだが、生まれながらにして人の上に立つと決められたご身分の方にしては良くできたお人だと思っていた。まぁ実際会ってみてとても納得したが。
またこの方は鋭い洞察力も持ち合わせていて、こうやって偶にふとした時に驚かされる。加えて妹思いの兄という面も持っていて、本当に出来た人間だと思う。中々に珍しいと驚きもあるが。
そしてこういう人間に私は弱い。無条件に護りたくなるのだ。副長とはまた大きく違った、だけど同じ様に意志の強い目を持っているこの徳川茂々という人間に惹かれているのかもしれない。


「…上様。一つ、お尋ねしても宜しいでしょうか」

「なんだ。申してみよ」

「今日は'いつも通り'楽しかったですか」

「'いつも以上に'楽しかったぞ。それに今から片栗粉の所へ行く。名前も一緒に行ってくれるのだろう?」

「はい、勿論でございます」

「ならば、もっと楽しくなる」


にっこりと笑うその顔は私が見た中で一番無邪気な笑顔だった。








































(現世も中々に面白いと思えるのは)
(こういう特異な人間達に)
(奇跡的に出逢えているから)

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