奇跡的な。





〔おーい。おはよう名前ちゃーん〕

「………今をおはようというかは議論の余地があるぞ、長官殿」


昨日、朝から大きな一斉検挙を行い、その時に少し暴れられて若干のストレス解消になったと満足して寝たその翌朝。いや、朝ではない。日付は辛うじて越えてはいるが現時刻午前3時。こんばんはとおはようの挨拶も迷うとても絶妙な時間帯に、警察庁長官からお電話を頂いた。
一応真選組の副長護衛兼補佐という役職の元、結構な上司に当たるというのと、別枠で死神としての仕事を報告する義務がある身として、24時間連絡を受けられる体制にはなっている。だが、こんな夜更けに呼び出しが来ると誰が思うか。手探りで引き寄せた携帯から漏れる声に大きな溜息が溢れたのは必然だろう。


〔年寄りの朝は早ェんだよォ〕

「はいはい。で、ご用件は」


仮にも上司からの電話を布団の中で欠伸をしながら受けている状況に少し面白くなってきた。夜のキャバクラに付き合えとかそんなんだろうかと適当な予想を付けつつ寝返りを打って明日の予定を思い返していると、斜め上を行くご要望が返ってきた。


〔明日一日、護衛してくんない?〕

「……どちらに行かれるのですか」

〔いや。俺じゃねェ。しょうちゃんだ〕

「…は、?」


しょうちゃん、と長官が元の名前を擦りもしない愛称で呼ぶのはただ一人しかいない。お父さんなのかおじいちゃんなのか。絶妙なポジションでその人のお世話役らしきことをやっているが、確か彼には隻腕の爺やがいたはず。その爺やの苦労を労いつつ、暫し思考が停止した私の心の叫びを言わせて欲しい。

しょ、将軍かよォォォオオ!!





















ー 奇跡的な。 ー






















{あ。護衛っつっても、お前がいつも土方にやってる様な感じじゃなくていーや}
『忍びの様に張れ、と?』
{そうそう。誰にも気付かれない様になァ。まぁお前なら簡単だろォ?}

「……仰る通り造作もない事ですけど。ねぇ…」


今の征夷大将軍、上様の好奇心旺盛さと市民に寄り添おうとする国造りには関心している。まぁ長官殿が度々夜遊びに連れ出したり庶民の生活を見せたりとしていたので、その影響を受けたのだろうけど、突発的にそれをやられると護衛を頼まれる側はたまったもんじゃない。一応私にも真選組の仕事があってそれを全てキャンセルしないといけなくなるのだ。相手はこの国の最上位に在らせられる上様。何をどう優先するかなど火を見るよりも明らかだ。護衛を涼に、補佐を退に頼んでと言うのが定石であるが、今日は運良く副長の主な業務が昨日の浪士達の取り調べ。屯所から出る予定もなく、というか昼ご飯も今日は屯所内の食堂で済ませてもらう事を約束に、出てきた。検挙から一週間程度は残党やらその党に与している浪士達の襲撃に遭いやすい。副長を一人にしたくなかった。
そんな私の苦労を知る由もないお二人は、先程から歌舞伎町のとある床屋を探して歩いている。なんでも昔借りた漫画を返したいらしい。そして団子屋に寄って怪しげな玩具屋に寄って漸く見付けたその床屋。長官の行きつけらしいが、扉を開けてそこにいた人物に思わず一瞬気配を緩めてしまった。


「…あいつらいつ転職したの」




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