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太陽。弐




親の身勝手な都合で売られたり、身寄りのない子が行きついた先だったり、その一人一人に壮絶な過去を抱えるのが吉原の遊女だ。単なる同情で済ませる程軽いモノではない。逃げる事が叶わない彼女達は遊女となる為に、いや遊女となるしかないから幼い頃から懸命に姉様達の姿を見て、色々なことを身に付けてきた。汚い大人の世界だ。本来なら一生知らなくてもいい様な事まで幼い頃から目にし、自分達も巻き込まれて行く。そんな環境下で育った女の目は酷く荒む。考え方だって、性格だって何処かしらに影が生じる。そして、死んでゆく。
だが、そんな中でも一切光を失わなかった娘がいた。
日輪。その名の通り太陽の様に明るく、その周りを照らし、彼女の周りは常に笑いが溢れる。光を失った娘も彼女の気に触れれば笑みを取り戻し、気持ちが荒んでしまった娘も彼女の笑いに触れれば笑みを浮かべる。
本当にそんな人がいるのか。半信半疑で潜入した訳だったが、今目の前で直に見て、納得した。あれは、芯のある目だ。


「あんた達…一体どこから…」

「来たのか、とか何で入れたのか、とか何で誰にもバレてないのか、とか。多くの疑問がおありでしょうが、時間がないもんで、手短に済ませましょう」


時は前回の吉原訪問時より五日後、場所は再び吉原。今回の目的は科学的に晴太と日輪の血縁関係を調べること。目標は日輪の体組織の一片。彼女の部屋に行ったら採れるだろうと再び乗り込んでみたら、最上階までの道のりが思ったより困難だった。

『…浦原隊長。事前に侵入経路の確認は』
『軽く』
『今更ですが、どのような計画なのかお聞きしても』
『上に登る、っス』

人差し指を立てて笑顔で宣った隊長がどうなったかなんて知らない。一先ず殴らないと気が済まなかったので顔と腹に一発ずつ入れた。悶える彼を廊下のど真ん中に放り出して、先に階段を上った。そりゃあ最上階の部屋に日輪がいるのなんて見れば分かるのだからそんなのは計画とは言わない。侵入経路もどうせ普通の建物と同じだろうということで下調べなんてしなかったのだろう。気持ちは分からなくもないが、見つかったら即終了のゲームをしてる側としてはなんとしても敵側との接触は避けたい。つまり喜助死ねってことだ。
基本的にひとつひとつの部屋の襖は締め切られている。気配を消して歩けば何てことはないのだろうが、百華が何処にいるか分からない。どうやっているのかは知らないが彼女達は相当訓練されていて、油断すれば見付かりそうで怖い。加えて、この建物はど真ん中が上まで吹き抜けていて、下手に動けば下の見張りに見付かる恐れがある。今回乗り込むのに前回と同じく男装はしたが遊女の格好はしてこなかったので、余計に注意を払う。故に結構慎重に足を進めて十五分。漸く最上階へと足を踏み入れて、日輪の部屋らしき所まであと数歩というところで後ろから頭に手を置かれた時には危うく声を出すところだった。

『流石っスねぇ、名前さん。ボクの部下だっただけあります』

自慢か、と言いたいところだが、私の半分の時間でここへ上ってきたことに越えられない壁を感じて睨むだけに留めた。それに彼のことだ。私が思ってることなんて分かってるのだろう。乗せられた手で頭をくしゃっとされたのがその証拠だ。後は喜助の後をついて、日輪の部屋へと潜り込んだ。
そして冒頭へと戻る。
ある一定以上の花魁ともなれば禿と呼ばれる幼い見習い遊女がつく。日輪の場合、その数も多い。常に同じ部屋にいるわけではないが、声を掛ければ出てこられる範囲までにはいるので、結界を張らせてもらった。思わず自分の声の大きさに口を覆った日輪に喜助が大丈夫だと言えば、あからさまにホッとする様子に違和感を覚えた。
私らは明らかに不審者だ。二人揃ってよく分からない真っ黒な着物を着て、しかも様々な監視の目を潜っている。自分の力量が叶わないと見切って大人しくするなら分かるが、私らの存在に安堵する理由が分からない。眉を潜めて日輪を見ていると、喜助が髪を一本下さいと出し抜けに言っていたので迷わず頭を叩いた。


「なにするんスかぁ〜名前さん」

「嬉しいことに、どっからどう見ても変態にしか見えない」

「アレ?なんか枕詞おかしくないっスか?」


恨めしそうに見てくる喜助の後ろに、思いっきり引いている日輪の顔が伺える。口元が引き攣っているので間違いなく彼女の中で変態に位置付けられたはずだ。任意提出の証拠品をなんて面倒なことにしてくれたんだ、と溜息を吐いて喜助を押しやると日輪さんと呼び掛けた。


「時間がないので、質問は受け付けません。私達は要するに、晴太と貴女との血縁関係の有無を知りたいんですよ」


晴太という所で大きく見開かれる日輪の目。遅れて口が開きかけたところで言葉を重ねる。


「貴女の体組織の一部があれば可能なんです。ご存知の通り晴太は私達の保護下にいますから、彼のは採れています。何故そんなことを知りたいのかと言わんばかりのお顔ですが、それは私らの興味本位です。ああ、はい。また仰りたいことも分かりますが、任意で髪を一本提出頂けるとありがたい。いくら一本と雖も、女性の髪を切るのは、」


忍びない。いつの間にか日輪の目前に手を伸ばしながら迫っていたのが幸いしたか。その一言を言う前にクナイより先に殺気が飛んで来て、気が付いたら喜助に引っ張られて窓枠にいた。遅れて投げられたクナイは十分自分でも避けられたのだが、助けてくれそうだったので任せたら見事に後ろ襟を引っ張られて首が締まったので少し後悔した。が、ここまで来た甲斐があったものだと前を見た。


「日輪に用があるなら、わっちを殺してからにしろ」


自警団百華の頭領のお出ましである。そして明白なのは、日輪と月詠は特殊な繋がりがあるということ。更にそして、一つ問題が。


「たいちょー。時間切れです」

「みたいっスね」


月詠が入れた時点で結界の効力がある程度まで下がってしまったのが分かった。襟を正しながら懐を探ってクナイを取り出すのと、月詠が喋り出すのはほぼ同時だった。


「ぬしは!あの時の、」

「そうそう。だから返すね。死神さん」


人間でも捕れるように加減したクナイを彼女がはたき落としている間に、私と喜助はにこやかに手を振って姿を消した。


「採れました?」


吉原の上空、鉄の空の近く。後少し手を伸ばせば届きそうな場所へと移動してきた私達はそこから日輪のいた遊廓を眺めていた。月詠が窓から身を乗り出して見渡し、悔しそうに振り返って近くにいるであろう部下に指示を飛ばしている。日輪は心配そうにしているが、その感情の先は自分ではなく月詠だ。


「採れたよ。ホラ」

「ありがとうございます」


二本の髪の毛を喜助に渡そうと差し出せば、一旦は手を伸ばしたものの、何故かそのままの姿勢でじっと私を見降ろしてきた。


「何」

「いやァ、忍びないとか言ってたのによく採ったなぁって」

「あんなの近付く口実だよ。アンタがドン引きさせたから」

「面目無い。…けど」

「けど?」

「僕ならもうちょっと上手く近寄れたっスかねぇ」


そう言って髪の毛を受け取る喜助。小さな袋に詰めているのを見ながらふと昨日のお登勢さんとの会話を思い出した。

『私は彼を兄や父、上司、友人、仲間、恋人、先生、師匠…どんな枠で見てるかはっきりとしない。その男の本能を垣間見ることによって自分の中で彼のどの部分が崩れるのかが分からない』

あの時のお登勢さんはこれ以上の私の思考を止めるかのように頭に手を置いた。私も馬鹿ではないから意味は分かっている。喜助に対する不審感を作らないようにしてくれたのだろう。思わず今の喜助の言葉に、どうやったのかと返しそうになったが止めた。お登勢さんはきっと私は認めたくないと思っていたのだろうが、自分のことだ。誰よりも理解している。私は思っている以上に喜助に頼っていて、そして彼がいなくなったらきっと頼る伝はなくなる。夜一もいるが、彼女は完全に自分の親として見ている。だから逆らいもしないし、彼女の言う事は確りと聞く。喜助の様な名もない関係ではない。だが、きっとその'名もない関係'こそが私と喜助の繋がりを表す言葉なのだろう。それは恐らくこの先も変わる事はない。


「だったら彼女の一人や二人作ったらどうだ」

「ちょ、どういう意味っスか!?」


さぁ帰りましょうかねぇ隊長、といいながら歩を進める私の後を待って下さいよと慌てて付いてくる喜助にいつも通り笑った。
































(お登勢さん私より歳下なのになんでそんなに人生経験豊富なんですか…なんだか正直自分の生き方に自信が持てなくなってきた)
(何言ってんだい。アンタが多くの人を護る為に費やした時間を私は人を観察する為に費やしてきた。そして私はそれまでだ。だけどアンタにはまだ十分時間があるだろ)
(……やっぱり大人だ)

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